客 を 停 め る

                 宮 澤 賢 治

 

   その洋傘(かさ)だけでどうかなあ

   虹の背後(うしろ)が青く暗くて怪(おか)しいし

   そのまた下があんなまつ赤な山と谷

     ……こんもりと松のこもつた岩の鐘……

   日にだまされてでかけて行くと

   上着もなにも凍つてしまふ

     ……建物中のガラスの窓が

       みんないちどにがたがた鳴つて

       林はまるで津波のやう……

   ああもう向ふで降つてゐる

   へんにはげしく光つてゐる

   どうも雨ではないらしい

     ……もうそこらへもやつてくる

       まつ赤な山もだんだんかくれ

       木の葉はみんな鼠になつて

       ぐらぐら東へ流亡(なが)される……

   それに上には副虹だ

   あの副虹のでるときが

   いちばん咽喉にわるいんだ

     ……ロンドンパープルやパリスグリン

       あらゆる毒剤のにほひを盛つて

       青い弧(アーク)を虚空(そら)いつぱいに張り亘す……

   向ふの宿(やど)はだいじやうぶ

   たゞあすこらは続いたひでりのあとなので

   学童(こども)がみんな暗くてね

   王女や花ではだめらしい

   まあ掛けたまへ

   ぢきにきれいな天気になるし

   なにか仕度もさがすから

     ……たれも行かないひるまの野原

       天気の猫の目のなかを

       防水服や白い木綿の手袋は

       まづロビンソンクルーソー……

   ちよつとかはつた葉巻を巻いた

   フエアスモークといふもんさ

   それもいつしよにもつてくる

 

 


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