三〇五

     客を停める辞令

                  一九二四、一一、一〇、

   

   ではまあ なんて帰るつもりか

   まあ 待ちたまへ

   あすこの虹の門をくぐって

   凍った風をひとくち吸へば

   あとはもうあんなまっ赤な山と谷

     ……こんもりと松のこもった岩の鐘……

   どこから雨が落ちかぶさるかわからない

   おまけに見給へ虹には立派な副虹がある

   たとへをとれば鬼にも耳が二っつあるといふものだ

   こっちがしばらく行かないでると

   虹がじぶんでやってくる

   そらそら

   電信ばしらも林の稜も

   つなみみたいに一度に鳴って

   虹はあらゆる毒剤よりも鮮らしく

   あんな虚像をそらいっぱいに張りわたす

   まあ掛けたまへ 掛けたまへったら

   雨どこぢゃない氷だよ

   麦のはたけのまだうららかな緑の上を

   木の葉はまるでエレキのやうに

   ぐらぐら東へ流される

   さあやってくる

   もうぎらぎらにかゞやきながら

   氷雨の束がやってくる

   まあもうすこし掛けたまへ

   キャベヂで巻いた

   シガアを一つやらうぢゃないか

 

 


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