三三〇

     霜林幻想

                  一九二四、一〇、二六、

   

   ……いゝか、この野原から抜け出してはだめだぞ

   ……いゝとも、さあ出した……

   ……発句の方はきみがやれ……

   ……ずるいぞ。よし、

   ……霜いくたび兎の糞も枯れにけり

   ……あたまから無調法だな えゝと

     また、演習の沙汰ぞあるらん

   ……山葡萄人にしられず漉し了へて……

     なんだ野原から出たんでないか

     あすこは立派に裾野のうちさ

   ……さうかでは

     母はあやぶむ朝の麦ふみか……

   ……かうなるとあの部落を抜け難いな

     斧劈皺雪置く山となりにけり……

   ……うこんのきれをのどに巻くらん

   ……御料地のさきだち二日たのまれて

   ……あわれはかなき虫とわれかな

   ……どうもどこかで聞いたやうだぞ……

   ……類句はあるかもしれん……

   ……下の句に類句だなんてあるもんか

     古今集かな……

   ……ははあ……

   ……まあいゝ柏の樹みなかさがさと鳴りそめて

   ……おとめは遠く去りにけるかな

     おいおい何だそれは

   ……何でもない 続けただけさ

   ……本気でないな

     おとめは遠く去りてけるかな

     まるで暁烏さんの歌だ

     てけるかなとはなんだ

     まあいゝ えゝと

     泉川どろの木の葉の落ちちりて

   ……それはとにかく世のさわがしさ

     六たう三略を出したな

     立派に落城だらう

     さあ引導をわたして

     破っちまへ

   ……きみが渡せ……

   ……いゝとも

     きみは負けたんだから小僧だ

     いま案文を作るからなえゝと

   ……柏林の中にゐると

     まるで昔の西域のお寺へ行ったやうだ

     かねをたゝけ、かねを

     よしもういゝかがんもんもんもんもんもんもんもんもん

     天朗れて影明なり霜葉林

     情炎洗ひつくして風凛々

     うやうやしく惟るに新帰元

     新派月並はいかい居士霊位

     それ月天は浄明の幡を連亘し

     斧劈皺下に雪爛燦たりと雖も

     柏樹律なく黄原に点ずれば

     十方無韻蒼亦蒼

     どらどら

     じゃんぼんじゃんぼんじゃんぼー

     汗が出るなきみの引導をきいてると

     きみの下の句こそ何だ、

   ……よし そんならこんどは天狗問答で行かう

   ……何をか辞せん

   ……鈴蘭実は熟れて兎眼に似たり

   ……野蓐既に古びて黄なるを如何

   ……雲は被って白し五月は萌して青し

   ……汝の頭上天蓋をかく朱黄の諸宝燃えなんとして如何

   ……爪哇の僭王胡瓜を啖ふ

   ……風の王位に即くものは誰ぞ

   ……adagio は弦にはじまる

   ……風に鉱質の二色性あり

   ……冠毛燈! ドラモンド燈!

 

 


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