心象スケツチ 宮澤賢治
過 労 呪 禁
なんぼあしたは木炭(すみ)を荷馬車に山に積み
くらいうちから町へ出かけて行くたつて
こんな月夜の夜の夜なかすぎ
稲をがさがさ高い処にかけたりなんかしてゐると
…ずゐぶん遠くの原までも
葉擦れの音は聞えるもんだ……
そうら あんなに
苗代の水がおはぐろみたいに黒くなり
畦に植はつた大豆(まめ)はどしどし行列するし
十三日のけぶつた月のまはりには
十字になつた白い暈さへあらはれて
空も魚の眼球に変り
いづれあんまり録でもないことが
いくらもいくらも起つてくる
おまへは底びかりする北ぞらの
天河石(アマゾンストン)のところなんぞにうかびあがつて
風をま喰ふ野原の慾とふたりづれ
威張つて稲をかけてるけれど
おまへのだいじな女房は
下でつかれて乳酸みたいにやはくなり
口をすぼめてよろよろしながら
丸太のさきに稲束をつけては
もういゝ加減区劃(くぎ)りをつけてはね下(お)りて
そいつを抱いてやつたらどうだ