三一四

     業の花びら

                  一九二四、一〇、五、

   

   夜の湿気と風がさびしくいりまじり

   松ややなぎの林はくろく、

   そらには暗い業の花びらがいっぱいで、

   わたくしは神々の名を録したことから、

   はげしく寒くふるえてゐる、

   ああたれか来てわたくしに云へ、

   「億の巨匠が並んでうまれ、

   しかも互に相犯さない、

   明るい世界はかならず来る」と

   けれどもたれがそんなことを

   考へだすか

   何が起らうと

   わたくしはだまってひとり行くだけだ

                   山地の〔神〕〔?〕を

                   舞台の上に

                   うつしたために

     ……遠くでさぎが鳴いてゐる

 

   松並木から雫が降り

   空のどこかを

   風がごうごう吹いてゐて

   (祀られざるも

    神には神の身土がある)

   わづかのさびしい星群が

   雲から洗ひおとされて

   その偶然な二っつが

   黄いろな芒(のげ)で結んだり

   残りの秋の草穂の影が

   ぼんやり雲にうつったりする

 

   (以下欄外書き込み…接続不明)

 

   菩提皮のマントや縄を帯び

   いちにちいつぱいの労働に

   からだを投げて

   みんなといっしよに行くといっても

   そのときわれわれには

   ひとつの暗い死が

   来るだけだ

 

   あの重くくらい層積雲のそこで北上山地の一つの稜を砕き

   まっしろな石灰岩抹の億噸を得て

   幾万年の脱滷から異常にあせたこの洪積の台地に与へ

   つめくさの白いあかりもともし

   はんや高萱の波をひらめかすと云っても

   それを実行にうつしたときに

   ここらの暗い経済は

   恐らく微動も

   しないだらう

   落葉松から夏を冴え冴えとし

   銀ドろの梢から雲や風景を乱し

   まっ青な稲沼の夜を強力の電燈とひまはりの花から照射させ

   鬼げしを燃し(二字分空白)をしても

   それらが楽しくあるためにあまりに世界は歪んでゐる

 

 


   ←前の草稿形態へ

次の草稿形態へ→

<業の花びら詩群>へ→