三一三

                  一九二四、一〇、五、

   

   祀られざるも神には神の身土があると

   あざけるやうなうつろな声で

   さう云ったのはいったい誰だ

     ……雪をはらんだつめたい雨が

       闇をぴしぴし縫ってゐる……

   まことの道は

   誰が云ったの行ったの

   さういふ風のものでない

   祭祀の有無を是非するならば

   卑賤の神のその名にさへもふさはぬと

   応へたものはいったい何だ

     ……ときどき遠いわだちの跡で

       水がかすかにひかるのは

       東に畳む夜中の雲の

       わづかに青い燐光による……

   たとへ苦難の道とは云へ

   まこと正しい道ならば

   結局いちばん楽しいのだと

   みづから呟き感傷させる

   芝居の主はいったい誰だ

     ……くろく沈んだ並木のはてで

       見えるともない遠くの町が

       ぼんやり赤い火照りをあげる……

   ここらのやがてのあかるいけしき

   落葉松や銀ドロや、果樹と蜜蜂、小鳥の巣箱

   部落部落の小組合が

   ハムを酵母を紡ぎをつくり

   その聯合のあるものが、

   山地の稜をひととこ砕き

   石灰抹の幾千車を

   酸えた野原に撒いたりする

   それとてまさしくできてののちは

   あらたなわびしい図式なばかり

     ……雨がどこかでにはかに鳴り

       西があやしくあかるくなる……

   祀られざるも神には神の身土があると

   なほも呟くそれは誰だ

 

 


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