三〇四

     〔落葉松の方陣は〕

                  一九二四、九、一七、

   

   落葉松の方陣は

   せいせい水を吸ひあげて

   ピネンも噴きリモネンも吐き酸素もふく

   ところが栗の木立の方は

   まづ一とほり酸素と水の蒸気を噴いて

   あとはたくさん青いラムプを吊すだけ

     ……林いっぱい虻蜂(すがる)のふるひ……

   いづれにしてもこのへんは

   半蔭地(ハーフシェード)の標本なので

   羊歯類などの培養には

   申しぶんない条件ぞろひ

     ……ひかって華奢にひるがへるのは何鳥だ……

   水いろのそら白い雲

   すっかりアカシヤづくりになった

     ……こんどは蝉の瓦斯発動機(ガスエンヂン)が林をめぐり

       日は青いモザイクになって揺めく……

   鳥はどこかで

   青じろい尖舌を出すことをかんがへてるぞ

         (おお栗樹(カスタネア) 花謝(お)ちし

          なれをあさみてなにかせん)

     ……ても古くさいスペクトル!……

       飾禾草(オーナメンタルグラス)の穂!……

   風がにはかに吹きだすと

   暗い虹だの顫えるなみが

   息もつけなくなるくらゐ

   そこらいっぱいひかり出す

   それはちいさな蜘蛛の巣だ

   半透明な緑の蜘蛛が

   森いっぱいにミクロトームを装置して

   虫のくるのを待ってゐる

   にもかゝはらず虫はどんどん飛んでゐる

   あのありふれた百が単位の羽虫の輩が

   みんな小さな弧光燈(アークライト)といふやうに

   さかさになったり斜めになったり

   自由自在に一生けんめい飛んでゐる

   それもああまで本気に飛べば

   公算論のいかものなどは

   もう誰にしろ持ち出せない

   むしろ情に富むものは

   一ぴきごとに伝記を書くといふかもしれん

         (おゝ栗樹(カスタネア) 花去りて

          その実はなほし杳かなり)

   鳥がどこかで

   また青じろい尖舌(シタ)を出す

 

 


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