半蔭地選定

              宮澤賢治

 

   落葉松(らくえうしやう)の方陣(はうじん)

   せいせい水を吸ひあげて

   ピネンも噴きリモネンも吐(は)き酸素もふく

   ところが栗の木立の方は

   まづ一(ひと)とほり酸素と水の蒸気を噴いて

   あとはたくさん青いラムプを吊(つる)すだけ

    ……林いつぱい虻蜂(すがる)のふるひ……

   いづれにしてもこのへんは

   半蔭地(ハーフシェード)の標本で

   羊歯(しだ)類などの培養には

   まあまたとない条件(コンデイシヨン)

    ……ひかつて華奢にひるがへるのは何鳥だ……

   水いろのそら白い雲

   すつかりアカシヤづくりになつた

    ……こんどは蝉の瓦斯発動機(ガスエンジン)が林をめぐり

      日は青いモザイクになつて揺(ゆら)めく……

   鳥はどこかで

   青じろい尖舌(した)を出すことをかんがへてるぞ

      (おお栗樹(カスタネア)花謝(お)ちし

       なれをあさみてなにかせん)

   さて古くさいスペクトル

   飾禾草(オーナメンタルグラス)の穂

   風がこんなに吹きだすと

   暗い虹だの顫えるなみが

   息もつけなくなるくらゐ

   そこらいつぱいひかり出す

   それはちいさな蜘蛛の巣だ

   半透明な緑の蜘蛛が

   森ぢゆういつぱい細截機(ミクロトーム)を装置して

   虫のくるのをまつてゐる

   ところが虫はどんどん飛ぶ

   あのありふれた百が単位の羽虫の群が

   みんな小さい弧光燈(アークライト)といふやうに

   さかさになつたり斜めになつたり

   自由自在に一生けんめい飛んでゐる

   それもあんなに本気に飛べば

   公算論のいかものなどは

   もう誰にしろ持ち出さない

   むしろ情(なさけ)に富むものは、

   一ぴきごとに伝記を書いてやるべきだ

      (おゝ栗樹(カスタネア)花去りて

       その実はなほし杳(はる)かなり)

   鳥がどこかで

   また青じろい尖舌(シタ)を出す

 

 


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