一八四ノ変

     春 変奏曲、

                  一九三三、七、五、

   

   (ギルダちゃんたらいつまでそんなに笑ふのよ)

   (あたし……やめやうとおも……ふんだけれど……)

   (水を呑んだらいゝんぢゃあないの)

   (誰かせなかをたゝくといゝわ)

   (さっきのドラゴが何か悪気を吐いたのよ)

   (眼がさきにおかしいの お口がさきにおかしいの?)

   (そんなこときいたってしかたないわ)

   (のどが……とっても……くすぐったい……の……)

   (まあ大へんだわ あら楽長さんがやってきた)

   (みんなこっちへかたまって、何かしたかい)

   (ギルダちゃんとてもわらってひどいのよ)

   (星葉木の胞子だらう

    のどをああんとしてごらん

    こっちの方のお日さまへ向いて

    さうさう おゝ桃いろのいゝのどだ

    やっぱりさうだ

    星……葉木の胞子だな

    つまり何だよ 星葉木の胞子にね

    四本の紐があるんだな

    そいつが息の出入のたんび

    湿気の加減がかはるんで、

    のどでのびたり、

    くるっと巻いたりするんだな

    誰かはんけちを、水でしぼってもっといで

    あっあっ沼の水ではだめだ、

    あすこでことこと云ってゐる

    タンクの脚でしぼっておいで

    ぜんたい星葉木なんか

    もう絶滅してゐる筈なんだが

    どこにいったいあるんだらう

    なんでも風の上だから

    あっちの方にはちがひないが)

     そっちの方には星葉木のかたちもなくて、

     手近に五本巨きなドロが

     かゞやかに日を分劃し

     わづかに風にゆれながら

     枝いっぱいに硫黄の粒を噴いてゐます

   (先生、はんけち)

   (ご苦労、ご苦労

    ではこれを口へあてゝ

    しづかに四五へん息をして さうさう

    えへんとひとつしてごらん

    もひとつえへん さう、どうだい)

   (あゝ助かった

    先生どうもありがたう)

   (ギルダちゃん おめでたう)

   (ギルダちゃん おめでたう)

     ベーリング行XZ号の列車は

     いま触媒の白金を噴いて、

     線路に沿った黄いろな草地のカーペットを

     ぶすぶす黒く焼き込みながら

     梃々として走って来ます

 

 


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