心象スケツチ  宮澤賢治

     

   

   この林をくぐれば

   みちは来た方へもどる

   鳥がぎらぎら鳴いてゐる

   たしか渡りのもずの群だ

   夜どほし銀河の南のはじが爆発するものだから

   鳥は落ちついてねむられず

   あんなにひどくさわぐのだ

   けれども

   わたくしが一あし林のなかにはいつたばかりで

   こんなにはげしく

   こんなに一さうはげしく

   まるでにわか雨のやうになくのは

   何をいふおかしなやつらだらう

   ここは大きなひのき林で

   星がそのいちいちのまつ黒な枝に

   落ちやうとする露の火や

   あらゆる光の規約を示し

   きらきら顫へたり呼吸したりする

    …あんまり鳥がさわぐので

     わたしはぼんやり立つてゐる……

   みちはほのじろく向ふへながれ

   木立のけはしい窪みから

   赤く濁つた火星がのぼる

   鳥は二羽だけこつそりこつちへやつて来て

   ごく透明に軋つて行つた

   あゝ 風が吹いてあたたかさや銀のモリキル

   あらゆる四面体の感触を送り

   蛍がこんなに乱れて飛べば

   鳥は雨よりしげくなき

   わたくしは死んだ妹の声を

   林のはてのはてからきく

    …それはもうたれでもひとつことだから

     またあたらしく考へなほさないでいい……

   草のいきれとピネンのにほひ

   鳥はまた一さうひどくさわぎだす

   どうしてそんなにさわぐのか

   はやしのなかは蛍もこんなにみだれて飛ぶし

   みなみぞらでは星もときどきながれるだらうが

   しづかにやすんで

   かまはないのだ

 

 


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