一五二

     林学生

                  一九二四、六、二二、

   

   ラクムス青(ブラウ)の風だといふ

   シャツも手帳も染まるといふ

   おゝ高雅なるこれらの花藪(やぶ)と火山塊との配列よ

   ぼくはふたたびここを訪ひ

   見取りをつくっておかうといふ

   さうだかへってあとがいい

   藪に花なぞない方が、

   いろいろ緑(グリーン)の段階(ステーヂ)

   舶来風の粋だといふ

   いゝやぼくのは画ぢゃないよ

   あとでどこかの大公園に、

   そっくり使ふ平面図だよ

   うわあ測量するのかい

   そいつの助手はごめんだよ

   もちろんたのみはしないといふ

   東の青い山地の上で

   何か巨きなかけがねをかふ音がした

   それは騎兵の演習だらう

   いやさうでない盛岡駅の機関庫さ

   そんなもんではぜんぜんない

   すべてかういふ高みでは

   かならずなにかあゝいふふうの、

   会体のしれない音をきく

   それは一箇の神秘だよ

   神秘でないよ気圧だよ

   気圧でないよ耳鳴りさ

   みんないっしょに耳鳴りか

   もいちど鳴るといゝなといふ

   センチメンタル! 葉笛を吹くな

   えゝシューベルトのセレナーデ

   これから独奏なさいます

   やかましいやかましいやかましいい

   その葉をだいじにしまっておいて

   晩頂上で吹けといふ

   先生先生山地の上の重たいもやのうしろから

   赤く潰れたおかしなものが昇(で)てくるといふ

      (それは潰れた赤い信頼!

       天台、ジェームスその他によれば!)

   ここらの空気はまるで鉛糖溶液です

   それにうしろも三合目まで

   たゞまっ白な雲の澱みにかはってゐます

   月がおぼろな赤いひかりを送ってよこし

   遠くで柏が鳴るといふ

   月のひかりがまるで掬って呑めさうだ

   それから先生、鷹がどこかで磬を叩いてゐますといふ

      (ああさうですか 鷹が磬など叩くとしたら

       どてらを着てゐて叩くでせうね)

   鷹ではないよ くいなだよ

   くいなでないよ しぎだよといふ

   月はだんだん明るくなり

   羊歯ははがねになるといふ

   みかげの山も粘板岩の高原も

   もうとっぷりと暮れたといふ

   ああこの風はすなはちぼく、

   且つまたぼくが、

   ながれる青い単斜のタッチの一片といふ

      (しかも 月(ルーノ)

       あなたの鈍い銅線の

       二三はひとももって居ります)

   あっちでもこっちでも

   鳥はしづかに叩くといふ

 

 


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