一九二四、四、一九、

   

   いま来た角に

   二本の白楊(ドロ)が立ってゐる

   雄花の紐をひっそり垂れて

   青い氷雲にうかんでゐる

   もういまごろは校長も

   青い野原の遠くの方で

   髪をちゃきちゃき刈り込んで

   足をのばして寝たころだ

   布教使白藤先生も

   説教が済んでがらんとして

   寝しなのお茶をのんでるころだ

   いやそれはもう昨夜のことで

   校長さんはそろそろ次の答申案を書くために

   威厳たっぷり起きはじめ

   引っぱりだこの島地大等高弟は

   夜あけの汽車に間に合はうと

   せっせと歩いてゐるかもしれん

   さうでなければ

   まあ両方のまん中ころ

   帽子の影がさういふふうだ

   シャープ鉛筆 月印

   紫蘇のかほりの青じろい風 熟した巻雲の中の月だ

   がれ草が変にくらくて

   水銀いろの小流れは

   蒔絵のやうに走ってゐるし

   そのいちいちの曲り目には

   藪もぼんやりけむってゐる

   一梃の銀の手斧が

   水のなかだかまぶたのなかだか

   ひどくひかってゆれてゐる

   ミーロがそらのすももばたけで

   おいぼれた木を伐ってゐて

   ねむたくなって落すのだらう

   なんでもそらの果樹園が

   ぼんやりおかしく白く荒さんでゐて

   風がおかしく酸っぱいから……

   風…とそんなにまがりくねった桂の木

   低(の)原の雲は青ざめて

   ふしぎな縞になってゐる

   もう眼をあいて居られない

   だまって風に溶けてしまはう

   このうゐきゃうのかほりがそれだ

   

   風……骨、青さ、どこかで鈴が鳴ってゐる

   どれぐらゐいま睡ったらう

   青い星がひとつきれいにすきとほって

   雲はまるで臘で鋳たやうになってゐるし

   落葉はみんな落した鳥の尾羽に見え

   わたくしはまさしくどろの木の葉のやうにふるえる

 

 


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