一九

     塩水撰・浸種

                  一九二四、三、三〇、

   

   塩水選が済んでもういちど水を張る

   陸羽一三二号

   これを最后に水を切れば

   穎果の尖が赤褐色で

   うるうるとして水にぬれ

   一つぶづつが苔か何かの花のやう

   かすかにりんごのにほひもする

   笊に顔を寄せて見れば

   もう水も切れ俵にうつす

   日ざしのなかの一三二号

   青ぞらに電線は伸び、

   赤楊はあちこちガラスの巨きな籠を盛る、

   山の尖りも氷の稜も

   あんまり淡くけむってゐて

   まるで光と香ばかりでできてるやう

   湿田(ヒドロ)の方には

   朝の氷の骸晶が

   まだ融けないでのこってゐても

   高常水車の西側から

   くるみのならんだ崖のした

   地蔵堂の巨きな杉まで

   乾田(カタタ)の雪はたいてい消えて

   青いすずめのてっぽうも

   空気といっしょにちらちら萌える

   みちはやはらかな湯気をあげ

   白い割木の束をつんで

   次から次と町へ行く馬のあしなみはひかり

   その一つの馬の列について来た黄いろな二ひきの犬は

   尾をふさふさした大きなスナップ兄弟で

   ここらの犬と、

   はげしく走って好意を交はす

   今日を彼岸の了りの日

   雪消の水に種籾をひたし

   玉麩を買って羹をつくる

   こゝらの古い風習である

 

 


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