空明と傷痍
一九二四、二、二〇、
顥気の海の青びかりする底に立ち
いかにもさういふ敬虔な風に
一きれ白い紙巻煙草(シガーレット)を燃すことは
月のあかりやらんかんの陰画
つめたい空明への貢献である
……ところがおれの右掌(て)の傷は
鋼青いろの等寒線に
わくわくわくわく囲まれてゐる……
それ故きみはピアノを獲るの企画をやめて
かの中型のヴァイオルをこそ弾くべきである
たゞ燦々と析出される氷晶を
総身浴びるその謙虚なる直立は
物のきほひにふさはしからぬ
……ところがおれのてのひらからは
血がまっ青に垂れてゐる……
月をかすめる鳥の影
電信ばしらのオルゴール
泥岩を噛む水瓦斯と
一列黒いみをつくし
……てのひらの血は
ぽけっとのなかで凍りながら
たぶんぼんやり燐光をだす……
しかも結局、この忠言を、きみが採択できぬとすれば
その厳粛な教会風の直立も、月賦で買った緑青いろの外套に
しめったルビーの火をともし
かすかな青いけむりをあげる
一つの焦慮の工場に過ぎぬ