(冒頭部草稿おそらく一枚欠)

 

   かけて行く馬車は黒くて立派だ。

   ひばりだ ひばりだ。

   銀のモナドのちらばるそらへ

   たった今登ったところだ。

   黒くてはやくてはねは甲虫のやうに二重ある

   まっくろなのと半透明のと

   四枚あるやうに見えるのだ。

   たしかに上手にないてゐる。

   そらの光を呑みこんでゐる。

   光のために 溺れてゐる。

   もちろん遠くでもっとたくさんないてゐる。

   そいつの方は伴奏だ。

   うしろから今ごろ黒いオーバアを

   着た 立派な男がやってくる

   度々こっちを見てゐるやうだ。

   それはもちろん一本みちを行くときは

   ごくありふれたことなのだ。

   冬来たときはやっぱり立派な

   黒いインバネスの人がうしろから来た。

   本部へはこれでいゝんですかと

   たづねたんだ。今日のはもっと遠くだ。

 

        ※

 

   もう入口だ。「小岩井農場」

   いつものとほりだ

   「ものうりきのことり、お断り申し候。」

   いつものとほりだ。「禁猟区」ふん。

   小さな沢と青い木立、

   向ふのはたけには白樺もある。

   好摩から向ふです、といつか私は

   羽田県属に云ってゐた。

   こゝはよっぽど高いから

   やっぱり好摩にあたるのだ。

   何といふ鳥の声だ。

   鳥の小学校へ来たやうだ。

   雨のやうだし、湧いてるやうだ。

   居る居る鳥がいっぱいに居る。

   何といふ鳥だ。鳴く鳴く鳴く

   あの木の心にも一ぴきゐる

   禁猟区のためだ。飛びあがる、

   一疋ぢゃない一むれだ。

   十疋以上だ弧をつくる

   三またの槍の穂 弧をつくる

   光だ光だ  青の木立

   のぼせるくらゐだ この鳥の声

   荷馬車が三台とまってゐる。

   松の丸太をつんでゐる。

   こっちの方へ向いてゐる。

   松の丸太はこゝには似合はないぞ。

   一台だけが歩いてくる。

   みちにいっぱい散ってゐる。

   まっくろな腐植質に

   石竹いろのはなのかけら

   さくらの並木になったのだな。

   こんな寂かなめまぐるしさ

   この荷馬車には人がついてゐないな。

   みんなと一所に向ふのどてのかれくさに

   こしをおろしてやすんでゐるな。

   この馬は黒くて払ひ下げだ。

   年老ってゐるがたくましい。

   人が三人わらってゐる。

   わらってこっちを見てゐる。

   一人は大股にどての中をあるき

   何か忘れ物でも持って来るといふ風だ。

 

 

   天狗巣がたくさんあるな桜の木

   天狗巣は早くも青い葉をだす

   馬車の笛がきこえる、

   石版画を持って来る。

   それから私のこゝろもちはしづかだし

   どうだらうこゝこそ天上ではなからうか

   こゝが天上でない証拠はない

   天上の証拠はたくさんあるのだ

   そら遠くでは鷹が空を截ってゐるし

   落葉松(ラリツクス)の芽は緑の宝石で

   ネクタイピンにほしいほどだし

   たったいま影のやうに行ったのは

   立派な人馬の徽章だ

   騎手はわかくて顔を熱らせ

   馬は汗をかいて黒びかりしてゐた。

 

        ※

 

   あすこが本部だ。観測台は無い。

   全く要らなくなったのだ。

   要らなくなるのが当然だ。

   黒のオーバアの人はもう見えない

   きっと本部のどの建物かにはいったのだ。

   あたりまへだが少しさびしい。

   はたけはもう掘り起された

   廐肥も四角につみあがってゐる。

   並木ざくらの天狗巣には

   緑のもあるし遠くの光の雲にかゝるのでは

   茶いろのもある。みんな立派だ。

   あんまりひばりがなき過ぎる。

   育馬部と本部との間でさへ

   ひばりやなんか一ダースではきかないぞ。

   それから一本うで木の電話のはしらが

   右にまがり左にまがりひどくふざけて

   そのおしまひに監督の青い木

   白いみき、(白樺だらう、

   楊ではない、)ぼんやりとして

   山の光の雲に立つ。

   さうだ耕耘部へは

   こゝから行くのが近いのだ。

   冬の間だって雪が堅くなって

   馬そりがあった位だ。

   あのときはきらびやかな

   ふゞきのなかでおぼつかない

   セレナアデを吹き往ったり来たり

   何べんおれはしただらう。

   けれどもあの変てこなセレナアデが

   透明な風や吹雪とよく調和してゐた。

   一体さうだ。あの白秋が

   雪の日のアイスクリームをほめるのも同じだ。

   もっともあれはぜいたくだが。

   すっかりはたけが掘り起された。

   黒だ茶色だ Vandike Brown だ。

   光の吸収率が高く落ち着いてゐる。

   雲は白金と白金黒だ。

   そのまばゆい明暗の中で

   ひばりはしきりにないてゐる。

   それから向ふの灰色なもの、

   走るもの、雉子だ。雉子。

   亜鉛細工の雉子なのだ。

   もう一疋が飛びおりる

   まったく早い。雉子。

   啼いてゐる。あれが雉子の声だ。

   そして向ふの高みに四五本乱れて

   何といふ気まぐれなさくらだ。

   みんなさくらの幽霊だ。

   精神はやなぎだ。そして鴇いろの花をつける。

   もう寂しくないぞ。

   誰も私の心もちを見て呉れなくても

   私は一人で生きて行くぞ。

   こんなわがまゝな魂をだれだって

   なぐさめることができるもんか。

   けれどもやっぱり寂しいぞ。

   口笛を吹け。光の軋り、

   たよりもない光の顫ひ、

   いゝや、誰かゞついて来る

   ぞろぞろ誰かゞついて来る。

   うしろ向きに歩けといふのだ。

   たしかにたしかに透明な

   光の子供らの一列だ。

   いいとも、調子に合せて、

   いゝか そら

   足をそろえて。

    Carbon di-oxide to sugar

    Carbon di-oxide to sugar

    Carbon di-oxide to sugar

    Carbon di-oxide to sugar

   みちがぐんぐんうしろから湧き

   向ふの方にたゝんで行く

   あのむら気の四本の桜が

   だんだん遠くなって行く

   いったいこれは幻想なのか

   幻想ではないぞ。

   透明なたましひの一列が

   小岩井農場の日光の中を

   調子をそろへてあるくといふこと

   これがどうして偽だらう。

   どうしてそれを反証する。

   けれども何より私の足は

   後退りで少しつかれた。

   いゝかい。みんなばらばらになっちゃいけないよ。

   ね、そらもう耕耘部の

   亜鉛の屋根が見えて来た。光ってゐる。

 

         ※

 

   鞍掛が暗くて非常に大きく見える

   そしてあんまり西に偏ってゐるやうだ。

   あの稜の所でいつか雪が光ってゐた。

   あれはきっと南晶山や沼森の系統だ

   石英安山岩にちがひない。               職員に関して

   岩手火山とは違った群に属する

   これは私の発見ですとおれは

   あの汽車の中で堀篭さんに云ってゐた。

   堀篭さんは温和しい人なんだ。

   あのすなほないゝ魂を

   おれは始終をどしてばかり居るんだ。

   今日は日直で学校にゐる。

   早く帰って会ひたい。

   おれの卓子の戸棚の中に

   銀紙のチョコレートがはいってゐる。

   ゆふべ堀篭さんが遊びに来ると、思ってうちで

   買っておいたのだ。

   ところがゆふべたうたう来なかった。

   お遊びにいらっしゃいませんか

   とおれは云った。その調子が

   あんまり烈しかったのだ。

   堀篭さんはだまって返事をしなかった。

   お宜しかったらとおれはぶっきら棒につけたした。

   あの人は少し顔色を変へて

   きちっと口を結んでゐた。

   あの人が来ないのは当然過ぎる

   何もかもみんな壊し何もかもみんな

   とりとめのないおれはあはれだ。

   向ふの黒い松山が狼森だ。

   たしかにさうだ。地図で見るともっと

   高いやうに思はれるけれどもさうでもないな。

   あれの右肩を通ると下り坂だ

   姥屋敷の小学校が見えるだらう。

   けれども何だかもう柳沢へ抜けるのもいやになった。

   柳沢へ抜けて晩の九時の汽車に乗る

   十時に花巻へ着くつかれて睡る

   寂しい寂しい。五時の汽車なら丁度いゝんだ。

   学校へ寄って着物を着かへる。

   堀篭さんも奥寺さんもゐる。

   あの立派な銀紙のチョコレートを出す。

   笑ってみんなでたべる。滝沢には

   一時にしか汽車が寄らないんだ。

   もう帰らうか。こゝからすっと帰って

   三時頃盛岡に着いて

   待合室でさっきの本を読んで

   五時に帰らうか。

   向ふに育牛部があったのだらうか。

   こんな処を歩いたやうな気がしない。

   杉がよく生えて緩い坂みちになってゐる。

   向ふから農婦たちが一むれやって来る。

   実にきちんと身づくろってゐる。

   たしかにヤルカンドやクチャールの

   透明な明るい空気の心持ちと

   端正なギリシャの精神とをもってゐる。

   みんなせいが高くまっすぐだ。

   黒いきものも立派だし

   白いかつぎもよく農場の褐色や

   林の藍と調和してゐる。

   そらがずゐぶん重くなった。

   けれどもまっ白に光ってゐる。

   耕耘部の方から西洋風の鐘が鳴る。

   かすかだけれどもよく聞える。

   もうみんな近くにやって来た。

   聞いて見やう、おれは時計を持たないのだ。

   (あの鐘ぁ十二時すか。)

   「はあそでごあす。」

   みんながしづかに答へてゐる。

   そしてしづかにそして正しく

   その鐘の方へ歩いて行く。

   この時間の流れの明るさ、

   ありがたい。

   もう育牛部の畜舎が見える。

   牛は出てゐない。また畜舎の中に

   居るのかどうかもわからない。

   しんとしてゐる。

 

         ※

 

         ※

 

   みちが俄かにぼんやりなった。

   から松はあるし草はみぢかいし

   気持は実にすてきだけれども

   姥屋敷まで行く筈の

   地図にもはっきり引いてある

   このみちがこんな風では何だかすこしたよりない。

   尤も方角さへつけて行って

   行かれないこともないのだが

   今日はもっと気が急くのだ。

   堀篭さんのことも考へなければならないのだ。

   向ふもはたけが掘られてゐる。

   白い笠がその緩い傾斜をのぼって行く。         岩手山に関する追懐

   笠は光って立派だけれども               青柳教諭

   やっぱりこんな洋風の農場では似合はない。

   然し或はあの人は姥屋敷へ行くのかもしれない。

   いゝや、やっぱりさうぢゃない、働いてゐるのだ。

   それに向ふの松の林に、まだ狼森ではないだらうが、

   どこから行くのかずゐぶん立派なみちがある。

   あれさへ行ったら間違ひない。

   行って見やう。しかしどうだ、

   そこの所に堰がある、

   やなぎがぽしゃぽしゃ生えてゐる。

   そのせきを渡る近くの一二間だけ

   きちんと路ができてゐる。どういふわけだ。

   少し変だ。いゝやどうせ農場の

   気紛れの仕事だ。それから

   も一つは目標にもなる。

   とにかく渡れ、あの坂を登れ、

   ははあ、可成の松の密林だ。

   傾斜もゆるいしほんの短い坂だけれども

   仲々登るのは楽ぢゃないぞ。

   一昨夜からよく眠らないから

   やはり疲れてゐるのだな。

   可成の松の密林だ。

   暗くていやに寂しい。

   雲がずゐぶん低くなった。

   あゝよくあるやつだやっと登って

   その向ふが又丘で松がぽしゃぽしゃ

   生えてゐるといふこと。

   しかし何だか、面白くない

   みちが又ぼんやりなってしまって

   却って向ふに立派なみちが

   堤にそって北西の方へ這って行く。           あれが網張へ行く道だ

   あいつらしいぞ。あいつらしいぞ。           青柳教諭の追懐

   こっちは地図のこの道だ。

   赤坂のつゞきのところへ出るんだ。

   ひどく東へ行ってしまふんだ。

   向ふの道へ行かうかな

   それもあんまりたしかでもない

   鞍掛は光の向ふで見えないし

   それに姥屋敷ではきっと

   犬が吠えるぞ吠えるぞ

   殊によったら吠えないかな。

   かれ草だ。何かパチパチ鳴ってゐる。

   降って来たな。降って来た。

   しかし雨の粒は見えない。

   そらがぎんぎんするだけだ。

   顔へも少しも落ちて来ない。

   それでもパチパチ鳴ってゐる。

   又草がうごいてゐる。

   あゝ雨だ。やっぱりさうだ。

   降り出したんだ。引っ返さう。

   すっかりぬれて汽車に乗る。

   五時半ごろは学校につく。               堀篭 白藤 校長 小使、

   チョコレートだ。錫紙だ。               家へ帰る、

   鬼越を越えて盛岡へ出やうかな。

   いややっぱり早い方がいゝ。

   小岩井の停車場へ出るに限る。

   さあ引っ返すぞ。今度もやめだ、柳沢

   鞍掛も見えないがさようなら。

   引っ返せ引っ返せ。

   小松の密林、暗いし笹だ。

   けれども一寸雨を避けやうか。

   笹だ、笹だし、枯れてゐる。

   それに松ばやしには誘惑がある、

   いゝや、今ごろそんなものは何でもない

   何でもないが

   やっぱり雨は漏ってゐる。

   笹に座れば座れるがやっぱりだめだ。

   何でもぐんぐん歩くにかぎる。

   このみちはさっきの堰のところだな。

   全体汽車は何時だらう。

   さっきの畠だ。一人の男が立ってゐる。

   静かに歩いてゐる。

   鬼越へ抜ける道を尋ねて見やう

   それはあんまり必要がない。

   いゝや汽車の時間は聞いて置かないといけない。

   こゝは少しぐちゃぐちゃしてゐる。

   苔もあるし少し沼のやうだ。

   渉られないこともないだらう。

   雲が白いし男はおれの来るのを見てゐる。

   そして一寸立ちどまって待ってゐる。

   また歩き出す。 白の雲、畠の土、

   女の子が二人やって来る。

   赤い巾をかぶり急いでゐる。

   働きに来てゐるのだ。急いでゐる。

   あの女の子にぶっつからずに

   あの農夫のところへ行きたいもんだ。

   立って待ってゐる、もう十間だ。

   うしろでは鷹がぶうぶうやってる。

   雲が白くて畑に置かれた二つの車

   やっと着いた。この人はもう五十位だ。

   (一寸お聞ぎ申しぁす。

    盛岡さ行ぐ汽車何時だべす。)

   「三時だたべが、

    よぐわがらなぃあす。」

   ずゐぶん気持ちのいゝところだ。

   細い細い畦ができて白い燕麦の種子が落されてゐる。

   (燕麦蒔ぎすか。)

   「あん、いま向でやってら。」

   向ふのは馬のつかない二つの車

   その上はすぐ空になってゐる。

   この爺さんは何か非常に恐ろしいことが

   向ふにあるやうに考へてゐる。

   (こやし入れだ所すか。堆肥ど、過燐酸どすか。)

   「あん、さうす。」

   (ずゐぶん気持のいゝ処だもな。)「ふう。」

   この爺さんは何か非常におれと話すのをはゞかってゐる。

   少し猫脊のせいの高い黒い外套の男が褐色の丘の線、

   まっ白な空の下に立ち

   銃を持ってぢっと向ふを向いて立つ。

   爺さんのはゞかるのはこの男か。

   あの男が気が変で急に鉄砲をこっちへ向けることか。

   女の子のことか。それとも両方のことか。

   どっちも心配しないで呉れ。

   おれはどっちもこわくない。

   やってるやってる鳥が。

   (あの鳥何て云ふす、こゞらで。)

   「ぶどすぎか。」

   (ぶどすぎて云ふのか。)

   「曇るづどゆぐ出はら。」

   ここの落葉松はまだ少く

   その芽はまるで宝石だ。

   光の雲のこっちの射手は

   銃をかまへて往来する。

   (三時の次ぁ何時だべす。)

   (五時だべが。ゆぐ知らなぃも。)

   ここの過燐酸はヅックの袋だ。

   水溶十九と書いてある

   学校のは十五%だ。

   雨はパラパラ降る。

   だんだんおれもぬれる。

   雨の中で女の子たちが

   けらをかぶり草の上に寝てゐる。

   爺さんはもう向ふへ行く

   けれどもおれはもう少しこゝに居やうと思ふ

   射手は肩を怒らして銃をかまへる

   そのぶとしぎはぶうぶう鳴る

   一体何を射たうといふのだらう。

   若い農夫がやって来る、顔が赤くて肥ってゐる。

   燐酸の空袋を集める。

   (降ってげだごとなさ。)

   「何のすぐ晴れら、」

   (こごの肥料ぁ過燐酸と堆肥か。)

   「はあ」

   火をたいてゐるな。ついて行かう。

   女の子が一人起きあがる。

   大低は透明な雨の中ですうすう寝てゐる。

   「うないゝ女子だもな。」

   農夫は顔を赤くして笑ふ。

   案外若いぞこの男は。

   もう火に来た。

   おれもあたりたい。

   (おらも中ってもいがべが。)

   「いてす。さあ、お中りゃんせ。」

   (汽車三時すか。)

   (二時四十分、なあにまだ一時にもならなぃも。)

   火は雨の中で却って燃える。

   烟もそんなにたゝない。

   それでもおれの黄色な上着はずんずんぬれ

   たき火もときどきピチピチ云ふ。

   射手は銀空 黒外套

   ぶとしぎは鳴らす鳴らす

   寒い、少しがたがたする。

 

         ※

 

         ※

 

   さっきの剽悍なさくらどもだ。

   向ふにすきとほって見えてゐる。

   雨はふるけれども私は雨を感じない。

     たしかに

   私の感覚の外でそのつめたい雨が降ってゐるのだ。

   ユリアが私の右に居る。私は間違ひなくユリアと呼ぶ。

   ペムペルが私の左を行く。透明に見え又白く光って見える。

   ツィーゲルは横へ外れてしまった。

   はっきり眼をみひらいて歩いてゐる。

   あなたがたははだしだ。

   そして青黒いなめらかな鉱物の板の上を歩く。

   その板の底光りと滑らかさ。

   あなたがたの足はまっ白で光る。介殻のやうです。

   幻想だぞ。幻想だぞ。

   しっかりしろ。

   かまはないさ。

   それこそ尊いのだ。

   ユリア、あなたを感ずることができたので

   私はこの巨きなさびしい旅の一綴から

   血みどろになって遁げなくてもいゝのです。

   ひばりがゐるやうな居ないやうな。

   ペムペルペムペル これは

   何といふ透明な明るいことでせう。

   腐植質から燕麦が生え

   雨はしきりにふってゐる。

   農場のここの処は

   全く不思議に思はれます、別段ほかとちがひはしませんが どうしてか

   Der Heiligepunkt と云ひたいやうに思ひます。

   この前来たときは冷たい白い匂のいゝ

   ふゞきの中で

   何とはなしに聖い心持がして

   私は往ったり来たりこゝをはなれ兼ねました。

   さっきはこゝで小さな

   透明な魂の一列を感じました。あれはどこの人たちですか。

   いまはあなた方を見たのです。

   あなた方はけれどもまだよく見えません。

   眼をつぶったらいゝのですか 眼をつぶると天河石です、又月長石です。

   おゝ何といふあなた方はきつい顔をしてゐるのです

   光って凛として怖いくらゐです。

   羅は透き うすく、そのひだはまっすぐに垂れ鈍い金いろ、

   瓔珞もかけてゐられる

   あなた方はガンダラ風ですね。

   タクラマカン砂漠の中の

   古い壁画に私はあなたに

   似た人を見ました。

   おいおい。幻想にだまされてはいけない。

   幻想だと、幻想なら幻想をおれが、

   感ずるといふことが実在だ。

   かまふもんか。

   何といふ立派なすあしです。

   あれは雨の中のひばりです。

   あなたがたは赤いとげで一杯な野原をも

   そのまっ白なすあしにふみ

   空気の中にもあなた方のふむ

   平らな青光の地面はあります。

   もう本部です。

   私はあなた方をもう見ませんけれども

 

   (以下草稿何枚か欠)

   

 


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