〔ひとびと酸き胡瓜を噛み〕

   

   ひとびと酸き胡瓜を噛み

   やゝに濁れる黄の酒の

   陶の小盃に往復せり

   そは今日賦役に出でざりし家々より

   権左エ門が集め来しなれ

   まこと権左エ門の眼 双に赤きは

   尚褐玻璃の老眼鏡をかけたるごとく

   立つて宰領するこの家のあるじ

   熊氏の面はひげに充てり

   榾のけむりは稲いちめんにひろがり

   雨は堂々青き穂並にうち注げり

   われはさながらわれにもあらず

   稲の品種をもの云へば

   或いはペルシャにあるこゝちなり

   この感じ多く耐えざる

   脊椎の労作の后に来り

   しばしば数日の病を約す

   

   げにかしこにはいくたび

   赤き砂利をになひける

   面むくみし弱き子の

   人人の背后なる板の間に座して

   素麺をこそ食めるなる

   その赤砂利を盛れる土橋は

   楢また桧の暗き林を負ひて

   ひとしく雨に打たれたれど

   ほだのけむりははやもそこに這へるなり

   

 


   注:本文11行目[堂々]の[堂]は、実際はサンズイにツクリ[堂]。

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