賢治 日めくり ~11月23日~

- 1922年11月23日(木)(賢治26歳)、花巻農学校で、収穫祭をかねて学芸会が行われた。
- 1924年11月23日(日)(賢治28歳)、「三三一 孤独と風童」(『春と修羅
第二集』)を、スケッチした。
1925年11月23日(月)(賢治29歳)、花巻を訪れた東北帝国大学地質古生物学教室の早坂一郎助教授を案内して、北上川小船渡(通称イギリス海岸)でバタグルミの化石(右写真)を採集した。
もともと賢治は、この場所でバタグルミの化石を発見して岩手師範学校教諭心得の鳥羽源蔵に送っていたが、鳥羽から早坂助教授に転送されて、まだ日本の学界に発表されていない貴重なものと判明した。そこで早坂助教授は実地調査をするためにやって来たのである。賢治は花巻周辺の土壌図その他の参考資料をそろえ、説明案内役を務めた。調査を終えた早坂助教授は、花巻駅で鳥羽氏とも会い、午後5時12分発の列車で仙台へ帰った。
翌年、早坂一郎は「地学雑誌」に論文「岩手県花巻町化石胡桃に就いて」として発表し、その謝辞には「伊藤博士並びに化石採集に便宜を与へて下さつた盛岡の鳥羽源蔵氏、花巻の宮沢賢治氏に感謝の意を表する。」と記された。また論文の抜刷りは賢治にも贈られた。
- 1933年11月23日(木)(没後63日)、花巻町役場二階講堂で、「宮沢賢治追悼講演会」が開催され、草野心平、吉田一穂、尾形亀之助らが講演を行った。
またこの日、宮澤清六編『鏡をつるし』〔B〕が発行された。活版印刷100部限定の非売品で、賢治の詩4篇、歌曲10篇、童話「やまなし」、「農民芸術概論」抜萃に、編者の「後記」を収めていた。