〔もう二三べん〕
もう二三べん
おれは甲助をにらみつけなければならん
山の雪から風のぴーぴー吹くなかに
部落総出の布令を出し
杉だの栗だのごちゃまぜに伐って
水路のへりの楊に二本
林のかげの崖べり添ひに三本
立てなくてもいゝ電柱を立て
点けなくてもいゝあかりをつけて
そしてこんどは電気工夫の慰労をかね
落成式をやるといふ
林のなかで呑むといふ
幹部ばかりで呑むといふ
おれも幹部のうちだといふ
なにを! おれはきさまらのやうな
一日一ぱいかたまってのろのろ歩いて
この穴はまだ浅いのこの柱はまがってゐるの
さも大切な役目をしてゐるふりをして
骨を折るのをごまかすやうな
そんな仲間でないんだぞ
今頃煤けた一文字などを大事にかぶり
繭買ひみたいな白いずぼんをだぶだぶはいて
林のなかで火をたいてゐる醜悪の甲助
断じてあすこまで出掛けて行って
もいちどにらみつけなければならん
けれどもにらみつけるのもいゝけれども
雨をふくんだ冷い風で
なかなか眼が痛いのである
しかも甲助はさっきから
しきりにおれの機嫌をとる
にらみつければわざとその眼をしょぼしょぼさせる
そのまた鼻がどういふわけか黒いのだ
事によったらおれのかういふ憤懣は
根底にある労働に対する嫌悪と
村へ来てからからだの工合の悪いこと
それをどこへも帰するところがないために
たまたま甲助電気会社の意を受けて
かういふ仕事を企んだのに
みな取り纏めてなすりつける
過飽和である水蒸気が
小さな塵を足場にして
雨ともなるの類かもしれん
さう考へれば柱にしても
全く不要といふでもない
現にはじめておれがこゝらへ来た時は
ぜんたいこゝに電燈一つないといふのは
何たることかと考へた
とにかく人をにらむのも
かう風が寒くて
おまけに青く辛い煙が
甲助の手許からまっ甲吹いてゐては
なかなか容易のことでない
酒は二升に豆腐は五丁
皿と醤油と箸をうちからもってきたのは
林の前の久治である
樺はばらばらと黄の葉を飛ばし
杉は茶いろの葉をおとす
六人も来た工夫のうちで
たゞ一人だけ人質のやう
青い煙にあたってゐる
ほかの工夫や監督は
知らないふりして帰してしまひ
うろうろしてゐて遅れたのを
工夫慰労の名義の手前
標本的に生け捕って
甲助が火を、
しきりに燃してねぎらへば
赤線入りのしゃっぽの下に
灰いろをした白髪がのびて
のどぼねばかり無暗に高く
きうくつさうに座ってゐる
風が西から吹いて吹いて
杉の木はゆれ樺の赤葉はばらばら落ちる
おれもとにかくそっちへ行かう
とは云へ酒も豆腐も受けず
たゞもうたき火に手をかざして
目力をつくして甲助をにらみ
了ってたゞちに去るのである