倒した杉は

   崖下の田に梢をひたし

   田は刈株もかくれるくらゐ

   雪融水が漲ってゐて

   青いそらも映り

   雲もまばゆく光りながら

   ちゃうど杉が立ってゐたときのやうに

   どんどん梢を擦って通る

   伐株に座って見てゐると

   空肥桶をかついだ男が

   向ふの畔を歩いてゐる

   影は逆さに水にうつり

   やっぱり杉を擦ってとほる

   しきりに変な顔をして

   こっちをすかして見てゐるのは

   林のなかだし崖のうしろに日があるので

   おれがなかなか見えないためだ

   かういふときに顔逞ましい孔夫子は

   いよいよかたちをあらためて

   樹を正視して座ってゐろといふかもしれん

   星座のかたちにあざのある

   朱子とかいった人などは

   名乗りをあげろといふかもしれん

   にもかゝはらずすべては過ぎる

   もう過ぎた

   もう次の田へ影をうつして

   やっぱりぱくぱく奇蹟のやうにあるいて行けば

   いかに悔ゆるもすべないことは

   これも何かの本文通り

   水にはしばらく雲もなくて

   杉はいよいよ藻のごとくである