〔熊はしきりにもどかしがって〕

   

   熊はしきりにもどかしがって

   権治と馬を待ってゐる

   麻もも引のすねを二とこ藁でくくって

   小束な苗をにぎりながら

   里道のへりにつっ立って

   ほとんどはぎしりしないばかり、

   水のなかではみんなが苗をぐんぐん植える

   権治が苗つけ馬をひいて

   だんだんゆらゆら近づいたので

   隈はすばやく眼をそらし

   じっと向ふのお城の上のそらを見る

   そのあしもとのすぎなの上に

   けらが四五枚ひろげられ

   上には赤い飯びつや椀

   二三歩向ふへふみだして、

   大きな朱塗の盃をさゝげ

   権治をまって立ってゐるのは隈のお袋

   半分白髪で腰もまがり

   泥で膝までぬれてゐる

   権治がすっかり前へくると

   もううやうやしくそれを出す

   権治はたづなをわきにはさみ

   両手でとって拝むやうにしてのんでゐる

   隈はもどかしいのをじっとこらえ、

   ふし眼にブリキの水を見る

   城あとのまっ黒なほこ杉の上には

   雲の白髪がはげしく立って

   燕もとび

   ブリキいろの水にごみもうかぶ

   田植の朝にすっかりなった