春曇吉日

   

        朱塗の蓋へ、

        廻状至急と書きつけた、

        状箱をもって

        坂をのぼり

        ひばのかきねをはいり

        いちいちふれてあるくところ

        明か清かの気風だな

        あの調子では

        まだ二時間は集るまい

   どうだい君はねむったら

   よほどつかれてゐるやうだ

   ぼくには今日が

   じつにかんかんとして楽しい

   大陸風の一日だけれども

   君にとっては折角の日曜日が たゞもう一日

   どんよりとして過ぎるわけ

   ねむりたまヘ

   オーヴァをぬいで

   枯草に寝てからかぶるといゝ

   寒いやうなら下のゐろりヘ行くか

   この辺は木も充分なので

   春でもむろん燃えてゐる

      ぼんやりとしたひかりの味は

      まるで古風な水墨だ

      松の生えた丘も……

      割木のかきねをめぐらした家も……

      下のはざまのうら青い麦も……

      かういふ気分になれてもしまはず

      くらしのいきさつにもとらはれないで

      毎日たゞこの感触を感触として生きてゐたら

      ずゐぶん楽しいことなんだが

   ぜんたい今日の天気はなんだ

   明るくなるでも曇るでもなし

   ぬるいやうにまたうす寒いやうに

   たゞどんよりとかすんでゐるのは

   

      誰か家からぽろっと出る

      茶盆をもってやってくる

      あの赤いのは絨氈らしい

   

   あれはあすこの主人だよ

   古くから伝はってゐる

   こゝらの古い歌舞き芝居の親分だ

   禿げた頭をたゞありのまゝ

   ぼんやりとした氛気にさらし

   茶盆ももってやってくる

   どうしてそれが

   いろいろ余裕もあるけれども

   この下の田で稼いだり

   山で雪の日たきぎもとって

   それでこゝらの荒れ畑などを

   絵に見立てたり公園として考へる

   ずゐぶんえらい見識だ

   一昨日管区へやってきて

   おれに来るやう頼んだときも

   たしかに さうだ

   勝川春章ゑがいた風の

   古い芝居をきどってゐた