会食

   

   互に呼んで鍬をやめ、

   北上岸の夏草に

   蒼たる松の影をかぶって

   簡手造氏とぼくとは座る、

   手蔵氏着くる筒袖は

   古事記風なる麻緒であって

   いまその繊維柔軟にして

   色典雅なる葱緑なるを

   ぼうぼうとして風吹けば

   人はいよいよ快適である

   僕匆惶と帽子をさぐり

   二のうら青きトマトを示し

   角なるものを手蔵氏とれば

   円なるものはわが手に残る

   さて手蔵氏はしみじみとして

   果を玩び熟視する

   それシャンデリアかゞやく下に

   人その饗を閲するならば

   さがないわざとそしらるべきも

   天光みなぎる午の草原に

   はじめて穫りたる園芸品は

   しさいに視るこそ礼にも契ふ、

   僕またこれに習って視れば

   じつにトマトの表面は

   まひるながらに緑の微光を発してゐる

   そはもしやにの類でもあって

   蛍光菌のついたるもので

   且ついま青山日ぞかげろへる

   大ぬばたまの夜にありせば

   人はこの松の下陰に

   二つの青き発光体が

   せわしく動きはたらくを

   当然目睹するでもあらう

   (烈しくはたらいたあととは云へ

   手蔵氏はげに快適自身のごとくであるが

   ぼくはまことはせなかがひどく痛いのである

   さてもトマトの内部に於て

   西条八十氏云ふごとき

   じつに玲瓏たぐひなき

   秘密の房を蔵することは

   まこと造化の妙用にして

   もしいまわれらかの川上の工兵諸氏と

   手蔵氏いさかふ際は

   ともに遁げ込むに適したること

   まさに八十氏の柚にも類ふ)

   さて手蔵氏はトマトを食み終へ

   やゝ改まりぼくに云ふ

   ひとびとは氏を蛇喰ひとして卑しんでゐる

   しかるに蛇は何故食に不適であるか

   ぼく意を迎へこれに云ふ

   なめくじ、蛙を食するものは

   第一流の紳士と呼ばれ

   蛇を摂るものはそしられる

   そのこといとゞ奇怪である

   否大紳士、たとへば大谷光瑞氏

   氏が安南の竜肉を

   推したるごとき遠きに属す

   然るにこれが門徒のたぐひ

   妄りにきみをわらふがごとき

   まことに懺悔すべきであると

   手蔵氏更に厳として云ふ

   人蛇肉を食むときは

   精気を加へ身も熱し

   じつに風邪をも引かざるなりと

   ぼく考へて答へて云ふ

   微量の毒は薬なり

   そはビタミンのAとD

   且つ蛋白質と脂肪のせいか

   手蔵氏更に和して云ふ

   それ蛇たるや外貌悪しく

   婦女子はこれを恐るゝも

   逆剥ぎて見よその肉の美や

   何等の醜汚をとゞめざるなり

   きみも食ふをよしとせん、

   ぼく雷同し更に云ふ

   まことに多謝す さりながら

   誰か鰻をはじめて食みし

   誰かなまこをはじめて食みし

   これ先覚にあらざるや

   君またいつか人人に

   先覚もって祀られなんと

   風吹き来り風吹き来れば

   手造氏やゝに身を起し

   芝居の悪玉の眼付をもって

   下流のかたをへいげいする

   ぼくいさゝかに無気味となり

   匆々に会を了へんと乞ひ

   われらはおのおの畑に帰り

   おのおのにまた鍬をとる