憎むべき「隈」辨当を食ふ

   

   きらきら光る川に臨んで

   ひとリで辨当を食ってゐるのは

   まさしく あいつ「隈」である

   およそあすこの廃屋に

   おれがひとりで移ってから

   林の中から幽霊が出ると云ったり

   毎晩女が来るといったり

   町の方まで云ひふらした

   あの憎むべき「隈」である

   ところがやつは今日はすっかり負けてゐる

   第一 草に腰掛けて

   一生けん命食ってゐるとき

   まだ一ぺんも復讐されない

   敵にうしろを通られること

   第二にいつもの向ふの強味

   こっちの邪魔たる群集心理が今日はない

   青天の下まさしく一人と一人のこと

   第三 やつはもういゝ加減腹いせをして

   憎悪の念が稀薄である

   そこでこっちもかあいさうなので

   避けてやらうと思ふけれども

   するとこんどはおれが遁げたと向ふが思ふ

   こゝにおいてかおれはどうにも

   今日は勝つより仕方ない

   川がきらきら光ってゐて

   下流では舟も鳴ってゐる

   熊は小さな卓のかたちの

   松の横ちょに座ってゐる

   ぢろっと一つこっちを見る

   それからじつにあわてたあわてた

   黄いろな箸を二本びっこにもってゐて

   四十度ぐらゐの角度にひろげ

   その一本で

   熊はもぐもぐ口中の飯を押してゐる

   おれはたしかにうしろを通る

   こんどはおれのうしろの方で

   大将おそらく興奮して

   味もわからずつゞけて飯を食ってゐる

   然るにかうきっぱりと勝ってしまふと

   あとが青黒くてどうもいけない

   とは云ふものの別段おれは

   何をしたといふ訳でない

   向ふで勝手で播いたのを

   向ふが勝手に刈ったのだ