〔こっちの顔と〕
こっちの顔と
凶年の週期のグラフを見くらべながら
なんべんも何か云ひたさうにしては
すこしわらって下を向いてゐるこの人は
たしかに町の二年か上の高等科へ
赤い毛布と栗の木下駄で
通って来てゐたなかのひとり
それから五年か六年たって
秋の祭りのひるすぎだった
この人は鹿踊りの仲間といっしょに
例ののばかまとわらじをはいて
長い割竹や角のついた、
面のしたから顔を出して
踊りももうあきたといふやうに、
ばちをもった片手はちょこんと太鼓の上に置き
悠々と豊沢町を通って行った
こっちが知らないで
たゞ鹿踊りだと思って見てゐたときに
この人は面の下の麻布をすかして
踊りながら昔の友だちや知った顔を
横眼で見たこともたびたびあったらう
けれどもいまになって
われわれが気候や
品種やあるひは産業組合や
殊にも塩の魚とか
小さなメリヤスのもゝ引だとか
ゴム沓合羽のやうなもの
かういふものについて共同の関心をもち
一諸にそれを得やうと工夫することは
じつにたのしいことになった
外では吹雪が吹いてゐてもゐなくても
それが十時でも午后の二時でも
二尺も厚い萓をかぶって
どっしりと座ったかういふ家のなかは
たゞ落ちついてしんとしてゐる
そこでこれからおれは稲の肥料をはなし
向ふは鹿踊りの式や作法をはなし
夕方吹雪が桃いろにひかるまで
交換教授をやるといふのは
まことに愉快なことである