蕪を洗ふ
洗った蕪の流れて行くのを押へてゐると
岸の草の上に
いきなり犬が走って出る
巨きなやつだ
つめたく白い川の反射をわくわく浴びて
変な顔して立ってゐる
犬はいきなり走り出し
野ばらの藪をちらちら下流へ走って行く
犬のあとからいまのっそりとあらはれたのは
まさしく新渡辺辯議士だ
相かはらずの猟服に
鳥打しゃぽは茶いろでございだ
去年の秋から
玉葱の苗床だの
チュウリップの畦だのに
大股な足あとを何べんもつけた
その正真の犯人だ
こいつをとっちめるには
まづ石膏であの足あとのネガとポジとをとることだ
しかるに人をもってして
ことさらにおれの童話を懇望したのは
まさしくこいつのおかみさん
そこで差引き勘定は
こゝで一発この青ぞらに
鉄砲を打ったら許してやらうといふ次第
ぜんたい鳥が居ないのか
見廻すと ゐる
ゐるゐる じつにたくさんゐるぞ
現に見なさい 辯護士よ
向ふの岸の萓からたった
あの一列の不定な弧線
なぜうたないのだ
上流へだんだんうつって行く
川向ふなのでうたないのか
川の向ふが禁猟区なのでうたないのか
鳥が小さいのでうたないのか
あたらないからうたないのだ
獅子鼻まで行くつもりだな
あすこで鴨をうつといふのか
勝手にしろ おれの方は蕪だ
どの蕪もみなまっしろで
みんなつめたく弾力がある
いゝ天気だけれども寒い
上流では岩手山がまっ白で
製板は湯気をふくし
橋は黒くてぬくさうだ
そこをゆっくり町へ行く馬
半透明な初冬の水は
青い葉っぱを越して行く