林中乱思

      

   塩汁をいくら呑んでも

   やっぱりからだはがたがた云ふ

   悠々自適で羨しいと

   悪気でもなく云ってゐた

   郵便局の局長や

   茂田教授を招待して

   かういふところを見せたいもんだ

   ところが向かふは酔興なので

   一生の語り草にもなる考で

   凍った飯もがつがつ喰べ

   漬物水の辛いスープも

   これはうまいといふだらう

   けれどもあゝいふ連中も

   はたらくことと病気のまねはできないだらう

   骨がごきごき鳴るだけ稼ぎ

   夜は寒くて十二時までもねむれない

   それからこんどは風邪をひき

   きものが順に汗になり

   シャッツもみんな汗になり

   たうたうむかしの洋服を着て

   洋服を着て御寝になって

   そいつもみんな汗になり

   たうたうこんどは火をたいて

   熱にうるうるふるえながら

   そのシャツをほしたり

   湯をわかしたりする

   さういふまねはできないだらう

   ところが怒って見たものの

   何とこの火の美しいこと

   こんどはこっちが

   これを東京盛岡中の

   知人にみんな見せてやって

   大いに羨ませたいと思ふ

   この混乱の原因は

   そんならどこにあるかと云へば

   誰でもみんな

   じぶんはいちばん条件が悪いのに

   いちばん立派なことをすると

   さう考へてゐたいのだ

   要約すれば

   これも結局 distinction の慾望の

   その一態にほかならない

   林はもうくらく

   雲もぼんやり黄いろにひかって

   風のたんびに

   栗や何かの葉も降れば

   萓の葉っぱもざらざら云ふ

   もう火を消して家にはいらう

   起きてゐるとまたあぶないし

   情ない話だけれども

   ぶるぶる顫へながら

   すぐ寝てしまふことだ

 

 


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