阿耨達池幻想曲
こけももの暗い敷物
北拘盧州の人たちは
この赤い実をピックルに入れ
空気を抜いて瓶詰にする
どこかでたくさん
たぶん稀薄な空気のせいにちがひない
そのそらの白さつめたさ
……辛度海から、あのたよりない三角洲から
由旬を抜いたこの高原も
やっぱり雲で覆はれてゐる……
けはしく繞る
……たゞ一かけの鳥も居ず
どこにもやさしいけだものの
かすかなけはひもきこえない……
どこかでたくさん蜂雀の鳴くやうなのは
白磁器の雲の向ふを
さびしく渡った日輪が
いま尖尖の黒い巌歯の向ふ側
……摩渇大魚のあぎとに落ちて……
虚空に小さな裂罅ができるにさういない
……その虚空こそ
ちがった極微の所感体
異の空間への媒介者……
赤い花咲く苔の氈
もう薄明がぢき黄昏に入り交られる
その赤ぐろく濁った原の南のはてに
白くひかってゐるものは
阿耨達、四海に注ぐ四つの河の源の水
……水ではないぞ 曹達か何かの結晶だぞ
悦んでゐて欺されたとき悔むなよ……
まっ白な石英の砂
音なく湛えるほんたうの水
もうわたくしは阿耨達池の白い渚に立ってゐる
砂がきしきし鳴ってゐる
わたくしはその一つまみをとって
そらの微光にしらべてみやう
すきとほる複六方錐
人の世界の
わたくしは水際に下りて
水にふるえる手をひたす
……こいつは過冷却の水だ
氷相当官なのだ……
いまわたくしのてのひらは
魚のやうに燐光を出し
波には赤い条がきらめく