〔朝は北海道の拓植博覧会へ送るとて〕
朝は北海道の拓植博覧会へ送るとて
標本あまたたづさえ来り
それが硬度のセメントに均しく
色彩宇内に冠たりなど
或はこれがひろがりは
大連蠣殻の移入を防遏すべき点
殊に審査を乞ふなどと
やゝ心にもなきこと書きて
県庁を立ち出でたりけるに
ときに小都を囲みたる
山山に雲低くして
木々泣かまほしき藍なりけるを
出でて次々米搗ける
門低き家また門広く乱れたる
家々を
次より次とわたり来り
おのもにまことのことばもて
或はことばやゝ低く
或は闘ふさまなして
二十二軒を経めぐりて
夕暮小都のはづれなる
小き駅にたどり来れば
駅前の井戸に人あまた集り
黒き煙わづかに吐けるポムプあり
余りに大なる屈たう性は
むしろ脆弱といふべきこと
禾本の数に異らずなど
こゝろあまりに傷みたれば
口うちそゝぎいこはんと
外の面にいづればいつしか
ポムプことこととうごきゐて
児らいぶかしきさまに眉をひそめみる
「この水よく呑むべしや」と戯るゝに
〈通〉のはんてん着たる
肩はゞ広きをのこ立ちありて
「何か苦しからんいざ召たまへ」とて
蛇管の口をとりてこれを揚げるに
水いと烈しく噴きて児ら逃げ去る
すなはち笑みて掬はんとするに
時に水すなはちやめり
をのこ
「こは惜しきことかな
いま少し早く来り給はゞ」
といと之を惜むさまなり
われすなはち
とみに疲れ癒え
全身洗へるこゝちして立ち
雲たち迷ふ青黒き山をば望み見たり
そは諸仏菩薩といはれしもの
つねにあらたなるかたちして
うごきはたらけばなり