〔雲影滑れる山のこなた〕

   

   雲影滑れる山のこなた

   樺の林のなかにして

   黒きはんかち頸に巻きし

   種畜場の事務員と

   エプロンつけしその妻と

   楊の花のとべるがなかに

   まぶしげに立ちてありしを

   赤靴などはき

   赤き鞄など持ち

   また炭酸紙にて記したる

   価格表などたづさえて

   わが訪ひしこそはづかしけれ

   今年はすでに予算なければ

   来年などと云ひしこと、

   山にては雲かげ次々すべり

   楊に囲まれし

   谷の水屋絶えずこぼこぼと鳴れるは

   げにわがいかなるこゝろにて

   訪はゞ心も明るかりけん。