小作調停官

   

   西暦一千九百三十一年の秋の

   このすさまじき風景を

   恐らく私は忘れることができないであらう

   見給へ黒緑の鱗松や杉の森の間に

   ぎっしりと気味の悪いほど

   穂をだし粒をそろへた稲が

   まだ油緑や橄欖緑や

   あるひはむしろ藻のやうないろして

   ぎらぎら白いそらのしたに

   そよともうごかず湛えてゐる

   このうち潜むすさまじさ

   すでに土用の七日には

   南方の都市に行ってゐた画家たちや

   ableなる楽師たち

   次々郷里に帰ってきて

   いつもの郷里の八月と

   まるで違った緑の種類の豊富なことに愕いた

   それはおとなしいひわいろから

   豆いろ乃至うすいピンクをさへ含んだ

   あらゆる緑のステージで

   画家は曾って感じたこともない

   ふしぎな緑に眼を愕かした

   けれどもこれら緑のいろが

   青いまんまで立ってゐる田や

   その藁は家畜もよろこんで喰べるではあらうが

   人の飢をみたすとは思はれぬ

   その年の憂愁を感ずるのである