ダルゲ
鉄階段をやっとのことで
おれは十階の床をふんだ
ここの天井はずゐぶん高い
ぜんたい壁や天井が灰いろの陰影だけでできてゐるのか
つめたい漆喰で固めあげられてゐるのかわからない
けれども さうだ この巨きな室にダルゲが居て
こんどこそもう会へるのだ
おれはなんだか胸のどこかが熱いか溶けるかしたやうだ
七米も高さのある大きな扉が半分開く
おれはするっとはいって行く
室はがらんとつめたくて
猫脊のダルゲが額に手をかざし
巨きな窓から西ぞらをじっと眺めてゐる
ダルゲは陰気な灰いろで
腰には厚い硝子の簔をまとってゐる
ダルゲは少しもうごかない
窓の向ふは雲が縮れて白く痛い
ダルゲがすこしうごいたやうだ
息を引くのは歌ふのだ
西ぞらのちゞれ羊から
おれの崇敬は照り返され
(天の海と窓の日覆ひ)
おれの崇敬は照り返され
空の向ふに氷河の棒ができあがる
ダルゲはもいちど小手をかざしてだまりこむ
もう仕方ない おれはひとあしそっちへすゝむ
(えゝと、白堊系の砂岩の斜層理について)
ダルゲがこっちをふりむいて
おゝ ひややかにわらってゐる