一〇七一

     〔わたくしどもは〕

                  一九二七、六、一、

   

   わたくしどもは

   ちゃうど一年いっしょに暮しました

   その女はやさしく蒼白く

   その眼はいつでも何かわたくしのわからない夢を見てゐるやうでした

   いっしょになったその夏のある朝

   わたくしは町はづれの橋で

   村の娘が持って来た花があまり美しかったので

   二十銭だけ買ってうちに帰りましたら

   妻は空いてゐた金魚の壼にさして

   店へ並べて居りました

   夕方帰って来ましたら

   妻はわたくしの顔を見てふしぎな笑ひやうをしました

   見ると食卓にはいろいろな菓物や

   白い洋皿などまで並べてありますので

   どうしたのかとたづねましたら

   あの花が今日ひるの間にちゃうど二円に売れたといふのです

   ……その青い夜の風や星、

     すだれや魂を送る火や……

   そしてその冬

   妻は何の苦しみといふのでもなく

   萎れるやうに崩れるやうに一日病んで没くなりました

 

 


   注:本文8行目[二十銭]の[銭]は、カネヘンのない文字で表記されている。