一〇二九

     〔あんまり黒緑なうろこ松の梢なので〕

                       四、五、

   

   あんまり黒緑なうろこ松の梢なので

   そのいちいちの枝も針もとがりとがり

   そこにつめたい風の狗が吠え

   あめはつぶつぶ降ってくる

   

   いまいったい何時なのだらう

   今日は日が出てゐないのでわからない

   けれども鉛筆を掌にたてゝ

   薄い影ぐらゐはできるだらう

   いやかう立ててはいけない

   もっと臥せて掌に近くしなければだめだ

   あんまり西だ

   もう午ちかいつかれや胸の熱しやうなのに

   鉛筆を臥せてはいけないのだ

   それは投影になるためだ

    向ふの橋の東袂へ影が落ちれば

   大ていひるまにきまってゐる

   こんど磁石をもってきて

   北を何かに固定しやう

   けれどもそれは畑のなかでの位置によってもちがひがある

   いやさうでない

   なるべく遠い

   山の青びかりする尖端とか

   氷河の稜とかをとりさへすれば

   わづかな誤差で済む

   風が東にかはれば

   その重くなつかしい春の雲の縞が

   ゆるやかにゆるやかに北へながれる

 

   


   ★本文10行目、13行目[臥]は、俗字で書かれており、ヘン[臣]ツクリ[卜]。