杏
一九二八、七、二四、
つかれて渇いて
夕陽の中を
萓で囲んだこのちっぽけな観音堂へ
みんないっしょに漂ひ着いた
いちにちの行程は
ただまっ青な稲の中
その水いろの葉筒の底で
三十億の一ミリの羽
けむりのやうな稲の穂が
いまこっそりとできかかり
この一月の雨や湿気の心配は
雲や東のけむりとともに
青い夕陽に溶かされる
麻シャツを着た
さっきの人が帰って来る
どこからとって来たのだらう
杏を帽子にいっぱい盛って
稲で傷つき過労に瘠せたその顔に
何かわらひをかすかにうかべ
萱の間を帰ってくる
(はね起きろ、観音の化身!)
ひとはしづかにわらってくる