停留所にてスヰトンを喫す

                  一九二八、七、二〇、

   

   わざわざここまで追ひかけて

   せっかく君がもって来てくれた

   帆立貝入りのスイトンではあるが

   どうもわたくしには熱があるらしく

   雲をべてゐるやうで仕方ない

   除草や桑の仕事のなかで

   幾日も幾日も心掛けて

   きみのおっかさんが拵えて学校行きの弁当箱に

   いっぱいに詰めた雲の形の膠朧体

   それを両手に載せながら

   かうもあやしくふるえてゐる

   このガラス作りの停留所の

   さっきにくらべて何としづかなことだらう

   あの組合の倉庫のうしろ

   川岸の栗や楊は

   雲があんまりひかるので

   ほとんど黒く見えてゐる

   きみはわたくしの隣りに座り

   わたくしがたべてゐる間

   じっと電車の発着表を仰いでゐる

   また稲を一刈し

   その入口に来た人は

   たしかこの前金矢の方でもいっしょになった

   きみのいとこにあたる人かと思ふのだが

   あんまり光る雲を見てゐたためなのか

   その顔色も蒼ぐらく

   向ふもわらってゐる

   わたくしもたしかにわらってゐるけれども

   どうも何だか半分ひとのことのやう

   さて

   友だちよ空の雲がたべきれないやうに

   わたくしはきみの好意がたべきれない

   残りはもしもあの川岸の

   石につかねて置くならば

   大へんわたくしにはうれしいのだけれども

   そのことはもう

   云っていけないことらしい

   

 


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