一〇一五

                  一九二七、三、二三、

   

   バケツがのぼって

   鉛いろしたゴーシュ四辺形の影のなかから

   いまうららかな波をたゝえて

   ひざしのなかにでてくると

   そこに -ひとひら-

      -なまめかしい貝-

     -ヘリクリサムの花冠……

   一ぴきの蛾が落ちてゐる

   滑らかに強い水の表面張力から

   四枚の翅を離さうとして

   蛾はいっしんにもがいてゐる

     -またたくさんの小さな気泡……

   わたくしはこの早い春への突進者

   鱗翅の群の急尖鋒を

   温んでひかる気海のなかへ

   再び発足させねばならぬ

   ほう 早くも小さな水けむり

   鱗粉気泡イリデセンス

   春の蛾は

   ひとりで水を叩きつけて

        飛び立つ

       飛び立つ

      飛びたつ

   もういま杉の茶いろな房と

   不定形な雲の間を航行する

   

   


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