〔雪と飛白岩(ギャブロ)の峯の脚〕

   

   雪と飛白岩(ギャブロ)の峯の脚

   二十日の月の錫のあかりに

   澱んで赤い落水管と

   ガラスづくりの発電室と

     ……また余水吐の青じろい滝……

   黝い蝸牛水車(スネールタービン)

   早くも春の雷気を鳴らし

   鞘翅発電機(ダイナモコレオプテラ)をもって

   愴たる夜中の睡気を顫はせ

   大トランスの六つから

   三万ボルトのけいれんを

   野原の方へ送りつけ

   むら気多情の計器(メーター)どもを

   ぽかぽか監視してますと

   いつか巨大な配電盤は

   交通地図の模型と変じ

   小さな汽車もかけ出して

   海よりねむい耳もとに

   やさしい声がはいってくる

   おゝ恋人の全身は

   玲瓏とした氷でできて

   谷の氷柱を靴にはき

   淵の薄氷をマントに着れば

   胸にはひかるポタシュバルヴの心臓が

   耿々としてうごいてゐる

   やっぱりあなたは心臓を

   三つももってゐたんですねと

   技手がかなしくかこって云へば

   佳人はりうと胸を張る

   どうして三つか四つもなくて

   脚本一つ書けませう

   技手は思はず憤る

   なにがいったい脚本です

   あなたのむら気な教養と

   愚にもつかない虚名のために

   そこらの野原のこどもらが

   小さな赤いもゝひきや

   足袋ももたずにゐるのです

   旧年末に家長らが

   魚や薬の市へ来て

   溜息しながら夕方まで

   行ったり来たりするのです

   さういふ犠牲に値する

   巨匠はいったい何者ですか

   さういふ犠牲に対立し得る

   作品こそはどれなのですか

   もし芸術といふものが

   蒸し返したりごまかしたり

   いつまでたってもいつまで経っても

   やくざ卑怯の遁げ場所なら

   そんなもなものこそ叩きつぶせ

   云ひ過ぎたなと思ったときは

   令嬢(フロイライン)の全身は

   いささかピサの斜塔のかたち

   どうやらこれは重心が

   脚より前へ出て来るやう

   ねえご返事をききませう

   なぜはなやかな機智でなり

   突き刺すやうな冷笑なりで

   ぴんと弾いて来ないんです

   おゝ傾角の増大は

   tの自乗に比例する

   ぼくのいまがた云ったのは

   ひるま雑誌で読んだんです

   しっかりなさいと叫んだときは

   ひとはあをあを昏倒して

   ぢゃらんぱちゃんと壊れてしまふ

   愴惶として眼(まなこ)をあけば

   コンクリートのつめたい床で

   工手は落した油缶(オイル)をひろひ

   窓のそとでは雪やさびしい蛇紋岩(サーペンティン)の峯の下

   まっくろなフェロシリコンの工場から

   赤い傘火花の雲が舞ひあがり、

   一列の清冽な電燈は、

   たゞ青じろい二十日の月の、

   盗賊紳士風した風のなかです。

 

 


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