発動機船 第二

   

   発動機船の船長は

   手を腰にあて

   一人の手下を従へて

   たうたうたうたうラッパを吹く

   さっき一点赤いあかりをあげてゐた

   その崖上の望楼にむかって

   さながら挑戦するやうに

   つゞけて鉛のラッパを吹き

   たうたうたうたう

   月のあかりに鳴らすのは

   スタンレーの探険隊に

   丘の上から演説した

   二人のコンゴー土人のやう

   崖には何かひばか竹かゞ

   凍えたやうにばしゃばしゃ生えて

   波は硫黄の炎のやうに

   その崖裾の岩を噛み

   船のまはりも明るくて

   青じろい岩層も見えれば

   まっ黒な藻の群落も手にとるやう

   いきなり崖のま下から

   一隻伝馬がすべってくる

   船長はぴたとラッパをとめ

   そこらの水はゆらゆらゆれて

   何かをかしな燐光を出し

   近づいて来る伝馬には

   木ぼりのやうな巨きな人が

   十一人も乗ってゐる

   ここまでわづか三十間を

   ひるもみんなで漕いだのだから

   夜も十一人で漕ぐのだとでも云ひさうに

   声をそろへて漕いでくる

   船長は手をそっちに出し

   うしろの部下はいつか二人になってゐる

   たちまち船は櫓をおさめ

   そこらの波をゆらゆら燃した

   たうたうこっちにつきあたる

   へさきの二人が両手を添へて

   鉛いろした樽を出す

   こっちは三人 それをかゝへて甲板にとり

   も一つそれをかゝえてとれば

   向ふの残りの九人の影は

   もうほんものの石彫のやう

   じっとうごかず座ってゐた

   どこを見るのかわからない

   船長は銀貨をわたし

   エンヂンはまたぽつぽつ云ふ

   沖はいちめんまっ白で

   シリウスの上では

   一つの氷雲がしづかに溶け

   水平線のま上では

   乱積雲の一むらが

   水の向ふのかなしみを

   わづかに甘く咀嚼する

 

 


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