告別
一九二五、一〇、二五、
おまへのバスの三連音が
どんなぐあいに鳴ってゐたかを
おそらくおまへはわかってゐまい
その純朴さ希みに充ちたたのしさは
ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた
もしもおまへがそれらの音の特性や無数の順列を
はっきり知って自由にいつでも使へるならば
おまへは辛くてそしてかゞやく天の仕事もするだらう
けれどもいまごろちやうどおまへの年ごろで
おまへの素質と力をもってゐるものは
町と村との一万人のなかになら
おそらく五人はあるだらう
それらのひとのどの人もまたどのひとも
五年のあひだにそれを大低無くすのだ
すべての才や力や富といふものは
ひとにとどまるものでない
云はなかったがおれは四月はもう学校に居ないのだ
どこへ行くかもわからない
もしそのあとでおまへのいまのちからがにぶり
きれいな音が正しい調子とその明るさを失って
ふたたび回復できないならば
ほとんどおれは泣くだらう
ひどいけれどもおれはおまへをふたたび見ない
なぜならおれは
はんぶんばかし仕事ができて
その価値さへもじぶんで知らぬ
半可な多数をいちばんいやにおもふのだ
おゝもしきみが
よく聞いてくれ
ひとりのやさしい娘のことを考へる
その鴇いろの熱を楽器に与へてしまへ
ともだちがみな上の進んだ学校や
町で豊かに暮すとき
きみはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさで弓をひけ
多くの侮辱や窮乏の
そのつらさを噛みしめながら指をうて
仕事がひどく
あるひは楽器がなかったら
いゝかおまへはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
音を立てないパイプオルガンを弾くがいゝ