三七〇

                  一九二五、八、一〇、

   

      ……朝のうちから

        稲田いちめん雨の脚……

   駅の出口のカーヴのへんは

   X形の信号標や

   はしごのついた電柱で

   まづは巨きな風の廊下といったふう

   ひどく明るくこしらえあげた

      ……せいせいとした穂孕みごろ

        稲にはかゝる水けむり……

   親方は

   信号標のま下に立って

   びしやびしや雨を浴びながら

   ぢっと向ふを見詰めてゐる

      ……乁雨やら雲やら向ふは暗いよと……

   そのこっちでは工夫が二人

   つるはしをもちしょんぼりとして

   三べん四へん稲びかりから漂白される

      ……乁くらい山根に湯宿ができたよと……

   そのまたこっちのプラットフォーム

   駅長室のはしらには

   夜のつゞきの黄いろなあかり

      ……乁雨やら雲やら向ふは……

   いきなり向ふの線路のはなに

   黒いけむりがもくもく湧いて

   機関車だけが走ってくる

   ずゐぶん長い煙突なので

   安奉線の絵のやうだけれども

   まっ正直に稲妻も浴び

   雨だの稲だのさっと二つに分けながら

   地響きさせて走ってくれば

   親方もにんがり笑ひ

   浅黄服着た火夫ものぞいて

   こくっとひとつ会釈する

      ……乁くらい山根にお客が行くよと……

 

 


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