三六九

                  一九二五、七、一九、

   

   ぎざぎざの斑糲岩の岨づたひ

   膠質のつめたい波をながす

   北上第七支流の岸を

   せはしく顫へたびたびひどくはねあがり

   まっしぐらに西の野原に奔けおりる

   岩手軽便鉄道の

   今日の終りの列車である

   ことさらにまぶしさうな眼つきをして

   夏らしいラヴスィンをつくらうが

   うつうつとしてイリドスミンの鉱床などを考へようが

   木影もすべり

   種山あたり雷の微塵をかがやかし

   列車はごうごう走ってゆく

   おほまちよひぐさの群落や

   イリスの青い火のなかを

   狂気のやうに踊りながら

   第三紀末の紅い巨礫層の截り割りでも

   ディアラヂットの崖みちでも

   一つや二つ岩が線路にこぼれてやうと

   積雲が灼けやうと崩れやうと

   こちらは全線の終列車

   シグナルもタブレットもあったもんでなく

   とび乗りのできないひとは乗せないし

   とび降りぐらゐやれないものは

   もうどこまででも連れて行って

   北極あたりで売りとばしたり

   銀河の発電所や西のちぢれた鉛の雲の鉱山あたり

   監獄部屋へ追ひ込んだり

   接吻をしやうと詐欺をやらうと

   ちょっとやそっとカーヴが外へ食み出てやうと

   こっちは最后の一列車だ

   香魚のはなしも選挙地盤のいきさつも

   どんどんうしろへ飛ばしてしまって

   一さんに野原をさしてかけおりる

      本社の西行各列車は

      元来動揺性にして

      運動はなはだ常ならず

      されどまたよく鬱血をもみさげ

         ……Prrrrr  Pirr!……

      筋をもみほごすが故に

      のぼせ性こり性の人に効あり

   さてもいまごろ

   熊の毛皮をもくもくと着て

   黄金の眼をした人が乗らうが

   シャープ鉛筆きらりとひかり

   そこらで婚約がなりたたうが

   そんなことにはおかまひなく

   いるかのやうに踊りながらはねあがりながら

   もう積雲の焦げたトンネルも通り抜けて

   どんどんどんどん野原をさしてかけおりる

   敬愛すべきわが(数文字不明)する

   岩手軽便鉄(以下不明)

 

 


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