心象スケツチ二篇 宮澤賢治

 

     「ジヤズ」夏のはなしです

   

   ぎざぎざの斑糲岩の岨づたひ

   膠質のつめたい波をながす

   イーハトヴ第七支流の岸を

   せはしく顫へたびたびひどくはねあがり

   まつしぐらに西の野原に奔けおりる

   銀河軽便鉄道の今日の最終列車である

   ことさらにまぶしさうな眼つきをして

   夏らしいラヴスインをつくらうが

   うつうつとしてイリドスミンの鉱床などを考へようが

   木影もすべり

   種山あたり雷の微塵をかがやかし

   どしやどしや汽車は走つて行く

   おほまちよひぐさの群落や

   イリスの青い火のなかを

   狂気のやうに踊りながら

   第三紀末の紅い巨礫層の截り割りでも

   ディアラヂツトの崖みちでも

   一つや二つ岩が線路にこぼれてやうが

   積雲が灼けやうが崩れやうが

   こつちは最終の一列車だ

   シグナルもタブレツトもあつたもんでなく

   とび乗りのできないやつは乗せないし

   とび降りなんぞやれないやつは

   もうどこまででも載せて行つて

   北極あたりで売りとばしたり

   銀河の発電所や西のちぢれた鉛の雲の鉱山あたり

   監獄部屋へ押し込んだり

   葛のにほひも石炭からもごつちやごちや

   接吻(キス)をしやうが詐欺をやらうが

   繭のはなしも鹿爪らしい見識も

   どんどんうしろへ飛ばしてしまつて

   おほよそ世間の無常はかくのごとくに迅速である模型を示し

   梨をたべてもすこしもうまいことはない

   何せ匂ひがみんなうしろに残るのだ

      この汽車は

      動揺性にして運動つねならず

      されどよく鬱血をもみさげ

         ・・・・Prrrrrr    Pir・・・・・・・・

      筋をもみほごすが故に

      のぼせ性こり性の人に効あり

   さうさう

   いまごろ熊の毛皮を着て

   縄の紐で財布を下げた人が来やうが

   そんなことにはおかまひなく

   馬鹿のやうに踊りながらはねあがりながら

   もう積雲の焦げたトンネルを通り抜けて

   野原の方へおりて行く

   尊敬すべきわが熊谷機関手の運転する

   銀河軽便鉄道の最終の下り列車である

 

 


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