氷質のジヨウ談

   

   職員諸兄 学校がもうサマルカンドに移つてますぞ

   杉の林がペルシヤなつめに変つてしまひ

   花壇も藪もはたけもみんな喪くなつて

   そこらはいちめん氷凍された砂けむりです

   白淵先生北緯三十九度あたりまで

   アラビヤ魔神がはたらくことになつたのに

   大本山からなんにもお振れがなかつたですか

   さつきわれわれが教室から帰つたときは

   そこらは賑やかな空気の祭

   青くかがやく天の椀から

   ねむや鵝鳥の花も胸毛も降つてゐました

   それがいまみな あの高さまで昇華して

   ぎらぎらひかつて澱んだのです

   えゝ さうなんです

   もしわたくしが管長ならば

   こんなときこそ布教使がたを

   みんな巨きな駱駝に載せて

   あのほのじろく甘い氷霧のイリデスセンス

   蛋白石のけむりのなかに

   もうどこまでも出してやります

   そんな沙漠の漂ふ大きな虚像のなかを

   あるひはひとり

   あるひは兵士や隊商たちのなかまに入れて

   熱く息づくらくだの背(せな)の革嚢に

   氷のコロナと世界の痛苦をいつぱいに詰め

   極地の海に堅く封じて沈めることを命じます

   そしたらたぶんそれは強力なイリドスミンの竜に変つて

   世界一ぱいはげしい雹を降らすでせう

   そのときわたくし管長は

   東京の中本山の玻璃閣で

   二人の侍者に香炉と白い百合の花とを捧げさせ

   空を仰いでごくおもむろに

   竜をなだめる二行の迦陀をつくります

   いや新聞記者がやつてきました

                  宮 澤 賢 治

 

 


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