三二九

     母に云ふ

                  一九二四、一〇、二六、

   

   馬のあるいたみちだの

   ひとのあるいたみちだの

   センホインといふ草だの

   方角を見やうといくつも黄いろな丘にのぼったり

   まちがって防火線をまはったり

   がさがさがさがさ

   まっ赤に枯れた柏の下や

   わらびの葉だのすゞらんの実だの

   陰気な泥炭地をかけ抜けたり

   岩手山の雲をかぶったまばゆい雪から

   風をもらって帽子をふったり

   しまひにはもう

   まるでからだをなげつけるやうにして走って

   やっとのことで

   南の雲の縮れた白い火の下に

   小岩井の耕耘部の小さく光る屋根を見ました

   萱のなかからばっと走って出ましたら

   そこの日なたで七つぐらゐのこどもがふたり

   雪ばかまをはきけらを着て

   栗をひろってゐましたが

   たいへんびっくりしたやうなので

   わたくしもおどろいて立ちどまり

   わざと狼森はどれかとたづね

   ごくていねいにお礼を云ってまたかけました

   それからこんどは燧堀山へ迷って出て

   さっぱり見当がつかないので

   もうやけくそに停車場はいったいどっちだと叫びますと

   栗の木ばやしの日陽しのなかから

   若い牧夫がたいへんあわてゝ飛んで来て

   わたくしをつれて落葉松の林をまはり

   向ふのみだれた白い雲や

   さわやかな草地の縞を指さしながら

   詳しく教へてくれました

   わたくしはまったく気の毒になって

   汽車賃を引いて残りを三十銭ばかり

   お礼にやってしまひました

   それからも一度走って走って

   やうやく汽車に間に合ひました

   そして昼めしをまだたべません

   どうか味噌漬けをだしてごはんをたべさしてください

 

 


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