三一七

     善鬼呪禁

                  一九二四、一〇、一一、

   

   なんぼあしたは木炭(すみ)を荷馬車に山に積み

   くらいうちから町へ出かけて行くたって

   こんな月夜の夜なかすぎ

   稲をがさがさ高いところにかけたりなんかしてゐると

   あんな遠くのうす墨いろの野原まで

   葉擦れの音も聞えてゐたし

   どこからどんな苦情が来ないもんでない

   だいいちそうら

   そうら あんなに

   苗代の水がおはぐろみたいに黒くなり

   畦に植はった大豆(まめ)もどしどし行列するし

   十三日のけぶった月のあかりには

   十字になった白い暈さへあらはれて

   空も魚の眼球(めだま)に変り

   いづれあんまり録でもないことが

   いくらもいくらも起ってくる

   おまへは底びかりする北ぞらの

   天河石(アマゾンストン)のところなんぞにうかびあがって

   風をま喰(くら)ふ野原の慾とふたりづれ

   威張って稲をかけてるけれど

   おまへのだいじな女房は

   地べたでつかれて酸乳みたいにやはくなり

   口をすぼめてよろよろしながら

   丸太のさきに稲束をつけては

   もひとつもひとつおまへへ送り届けてゐる

   どうせみんなの穫れない歳を

   逆に旱魃(ひでり)でみのった稲だ

   もういゝ加減区劃りをつけてはねおりて

   鳥が渡りをはじめるまで

   ぐっすり睡るとしたらどうだ

 

 


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