一八一

     早池峯山巓

                  一九二四、八、一七、

   

    ……うるうる木の生えたなまこ山……

   苔瑪瑙(モスアゲート)の小田越あたりに雲が湧き

   薬師は朧ろな青い寒天(アガー)にかはってしまふ

    ……風はきれぎれ叫んで過ぎる……

   南には早くも翔ける竜巻の尾もあれば

   西山稜の巨きな逞しいカーヴに沿って

   乱積雲の大行進曲(グランドマーチ)も北へそゝぐ

   露はひかってこぼれ

   blue bell のいちいちの鐘もふるえる

    ……はるかにひかる積雲のいちれつ……

   みんなはあたらしい白いきものをつけて

   遠野口の青いはひ松のなだらや

   黒くごりごりした露岩をわたり

   また門馬口のまばゆく旋る雲のなかから

   草穂やいはかがみの花のあひだを

   ちぎらすやうなつめたい風に

   眼もうるうるしてふるえながら

   祖先たちのたどったその一一の石をよぢ

   白堊紀からの方尖碑(オベリスク)

   青白い虚空の淵に

   ぎざぎざ刻みのこされて

   さけ目には石絨の神経が通り

   裂罅には赤い鉄さびをうかべ

   奇怪な灰いろの苔にいろどられ

   ひきちぎられたその恐ろしい捕虜岩(ゼノリス)をたもつ

   この蛇紋岩のけわしい山巓にのぼってくる

   挿秧どきのせわしくゆらぐ焦燥や

   九旬にあまるその旱天の忍従や

   はげしいま夏の辛苦を終へ

   よろこびと寒さとに泣くやうにしながら

   どしどしいっしんにのぼってくる

      ……向ふではあたらしいぼそぼその雲が

        まっしろな火になって燃える……

   ここはこけももと花さくうめばちさう

   かすかな岩の輻射もあれば

   雲のレモンのにほひもする

 

 


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