八六

     山火

                  一九二四、五、四、

   

   風がきれぎれ遠い列車のどよみを載せて

   樹々にさびしく復誦する

      ……その青黒い混淆林のてっぺんで

        鳥が"Zwar"と叫んでゐる……

   こんどは風のけじろい外(そ)れを

   蛙があちこちぼそぼそ咽び

   舎生が潰れた喇叭を吹く

   古びて蒼い黄昏である

      ……こんやも山が焼けてゐる……

   野面ははげしいかげらふの波

   茫と緑な麦ばたや

   しまひは黝い乾田(かたた)のはてに

   濁って青い信号燈(シグナル)の浮標(ヴイ)

      ……焼けてゐるのは達曾部あたり……

   またあたらしい南の風が

   はやしの縁で砕ければ

   馬をなだめる遥かな最低音(バス)

   つめたくふるふ野薔薇の芬気(かほり)

      ……山火がにはかに二つになる……

   信号燈(シグナル)は赤く転(かは)ってすきとほり

   いちれつ浮ぶ防雪林を

   淡い客車の光廓が

   音なく北へかけぬける

      ……火は南でも燃えてゐる

        ドルメンまがひの花崗岩(みかげ)を載せた

        千尺ばかりの準平原が

        あっちもこっちも燃えてるらしい

        〈古代神楽を伝へたり

         古風に公事をしたりする

         大償(つぐなひ)や八木巻へんの

         小さな森林消防隊〉……

   蛙は遠くでかすかにさやぎ

   もいちどねぐらにはばたく鳥と

   星のまはりの青い暈

      ……山火はけぶり 山火はけぶり……

   半霄くらい稲光りから

   わづかに風が洗はれる

 

 


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