宮澤賢治
早春独白
黒髪もぬれ荷縄(になは)もぬれて
やうやくあなたが車室に来れば
ひるの電燈は雪ぞらにつき
窓のガラスはぼんやり湯気に曇ります
……青じろい磐のあかりと
暗んで過ぎるひばのむら……
根もとの紅い萱でつくつた木炭(すみ)すごを
もう百枚もせなに負ひ
山の襞もけぶつて並び
堰堤(だむ)もごうごう激してゐる
岩岨道のみぞれのなかを
凍えて赤い両手を頬で暖めながら
この町行きの貨物電車にかけて来て
あなたはわづかに乗つたのでした
……雨はすきとほつてまつすぐに降り
雪はしづかに舞ひおりる
妖(あや)しい春のみぞれです……
みぞれにぬれてつつましやかにあなたが立てば
ひるの電燈は雪ぞらに燃え
ぼんやり曇る窓のこつちで
あなたは赤い捺染ネルの一きれを
エヂプト風にかつぎにします
……氷期の巨きな吹雪の裔(すゑ)は
ときどき町の瓦斯燈を侵して
その住民を沈静にした……
わたくしの黒いしやつぽから
つめたくあかるい雫が降り
どんよりよどんだ雪ぐもの下に
黄いろなあかりを点じながら
電車はいつさんにはしります