早春独白
一九二四、三、三〇、
みぞれにぬれて急いで貴女(あなた)が電車に乗れば、
ひるの電燈は雪ぞらにつき
窓のガラスはぼんやり湯気に曇ります
萱でつくった木炭(すみ)すごを
もう百枚もせなに負ひ
山の襞もけぶってならび
川もごうごう激してゐる
山峡のおぼろな霙のなかを
赤く凍えた両手を頬で暖めながら
この町行きの貨物電車にかけて来て
あなたはわづかに乗ったのでした
……水はすきとほってまっすぐに降り
雪はしづかに舞ひおりる
ふしぎな春のみぞれです……
みぞれにぬれてつつましやかにあなたが立てば
ひるの電燈は雪ぞらに燃え
ぼんやりくもる窓のこっちで
あなたは赤い捺染フランのひときれを
エヂプト風にかつぎにします
……氷期の吹雪は
ときどき町の瓦斯燈を侵して
住民たちを冷静にした……
わたくしの黒いしゃっぽから
つめたくあかるい雫が落ち
どんよりよどんだ雪ぐもの下に
黄いろなあかりを点じながら
電車はいっさんにはしります