青森挽歌 三

       ── 一九二三、八、一、──

   

   仮睡硅酸の溶け残ったもやの中に

   つめたい窓の硝子から

   あけがた近くの苹果の匂が

   透明な紐になって流れて来る。

   それはおもてが軟玉と銀のモナド

   半月の噴いた瓦斯でいっぱいだから

   巻積雲のはらわたまで

   月のあかりは浸みわたり

   それはあやしい蛍光板になって

   いよいよあやしい匂か光かを発散し

   なめらかに硬い硝子さへ越えて来る。

   青森だからといふのではなく

   大てい月がこんなやうな暁ちかく

   巻積雲にはいるとき

   或ひは青ぞらで溶け残るとき

   必ず起る現象です。

   私が夜の車室に立ちあがれば

   みんなは大ていねむってゐる。

   その右側の中ごろの席

   青ざめたあけ方の孔雀のはね

   やはらかな草いろの夢をくわらすのは

   とし子、おまへのやうに見える。

   「まるっきり肖たものもあるもんだ、

   法隆寺の停車場で

   すれちがふ汽車の中に

   まるっきり同じわらすさ。」

   父がいつかの朝さう云ってゐた。

   そして私だってさうだ

   あいつが死んだ次の十二月に

   酵母のやうなこまかな雪

   はげしいはげしい吹雪の中を

   私は学校から坂を走って降りて来た。

   まっ白になった柳沢洋服店のガラスの前

   その藍いろの夕方の雪のけむりの中で

   黒いマントの女の人に遭った。

   帽巾に目はかくれ

   白い顎ときれいな歯

   私の方にちょっとわらったやうにさへ見えた。

   ( それはもちろん風と雪との屈折率の関係だ。)

   私は危なく叫んだのだ。

   (何だ、うな、死んだなんて

   いゝ位のごと云って

   今ごろ此処ら歩てるな。)

   又たしかに私はさう叫んだにちがひない。

   たゞあんな烈しい吹雪の中だから

   その声は風にとられ

   私は風の中に分散してかけた。

   「太洋を見はらす巨きな家の中で

   仰向けになって寝てゐたら

   もしもしもしもしって云って

   しきりに巡査が起してゐるんだ。」

   その皺くちゃな寛い白服

   ゆふべ一晩そんなあなたの電燈の下で

   こしかけてやって来た高等学校の先生

   青森へ着いたら

   苹果をたべると云ふんですか。

   海が藍靛に光ってゐる

   いまごろまっ赤な苹果はありません。

   爽やかな苹果青のその苹果なら

   それはもうきっとできてるでせう。